暖かく優しい、けれど憂鬱な春は、もうすぐ終わろうとしていた。

 ゴールデンウィークが明け、日中は少し汗ばむ陽気になってきた。制服も上着を着ていると暑くて、最近はシャツにベストと軽やかな装いに変えた。

 遥灯はおもむろに公園のベンチに腰掛けると、隣にリュックを置いて、思い切り足を投げ出した。

 公園はちょうどいい陽気のおかげで、小さな子どもたちが声を上げて、興奮気味に遊んでいる。そのなかに、兄弟と思われる子どもたちがいた。

 お兄ちゃんは小さな弟に手を伸ばす。弟は嬉しそうに笑うと、その手を取った。その様子が、かつての自分に重なった。

 『遥灯』と呼ぶ声はあたたかく、その声に呼ばれるとどんな不安も吹き飛んだ。開演前の吐きそうになるくらいの緊張も、その声に呼ばれて抱きしめられると、どこかに飛んでいってしまった。

「あははは!」

 幼い兄弟たちは、楽しいことしか知らないように、大きな声で笑った。そしてそのまま、手を繋いだままどこかに行ってしまう。

 ……離したくなかった。
 この手は、この手だけは離したくなかった。

 目を閉じれば、どこからともなく電子音が聞こえてくる。消毒液のような独特の匂いが辺りを陰鬱に覆うなか、それでもその部屋だけは輝いていた。

 旭羽(あきは)。

 どれだけ暗い闇でも、朝日のように力強く照らすような力が彼にはあった。だからそんな場所でも、スポットライトを浴びるように旭羽は輝いていたのだ。

 瞼の裏に、旭羽の笑顔が焼きついたまま離れない。

 その笑顔から逃げるように、ゆっくりと目を開けた。青々とした芝生と強い日差しに目がくらんで、思わず目を細める。

 ……もうすこし。
 あと少しで、嫌いな季節が終わる。
 やっと、終わるんだ。

 そのとき、腕時計が視界に入った。ふいに見た長針は、学校に行く時間をとうに過ぎていた。

 今日は仕事があったわけじゃないし、レッスンは夜にある。日中はなにもなかったけれど、学校に行く気にはなれなかった。完全なサボりだ。

『遥灯』

 頭の中で、もういない旭羽の声がする。
 その声が、呪いのようにこびりついて離れない。