放課後。
 ホームルームを終えて、わたしはゆっくりとリュックに教科書たちを入れていた。

「千世は今日、生徒会?」
「そー」
「おっけー、じゃあ帰るね」
「うん、また明日」

 亜子ちゃんは今日部活はないようだ。颯爽と帰る様子を見送りながら、わたしはどさっと椅子に座る。

「……はぁ」

 憂鬱だ。
 世界史の発表まで、あとちょうど1週間。

 結構めんどくさそうな課題だし、それ相応のクオリティは欲しい。相手が相手だから、とか言いたくないし思われたくもない。椅子に座ったまま、窓から下を見下ろす。グラウンド沿いの道を、校門に向かってみんなが楽しそうに帰っているのが見えた。

 ……王子くん、いまごろなにしてるんだろう。

「逢沢ー」

 突然呼ばれた声の方に顔を向けた。そこにいたのは佐藤先生だ。

「はい」
「聞いたよ、山田先生から」
「……その話か」

 ……なんで佐藤先生がその話に触れてくるんだろう。理由がわからない。
 もういや。じゃあ先生がどうにかしてよ。出かかった言葉を呑み込んだ。

「無理すんなよ」
「え」

 少しやさぐれた気持ちでいると、思っていたよりも優しい言葉をかけられて驚く。
 思わず佐藤の顔をまじまじと見てしまった。

「やめたかったら先生に言いなさないな」

 やめたかったらって。

「……やめるわけないじゃないですか」

 そんな無責任なことはしない。それに、わたしだけで決めていいことじゃない。

 そうやって特別扱いみたいなことしてもらって、わたしは楽になれるかもしれない。けれどきっとそれで、王子くんは傷ついてしまう。

「さすがだな」
「……王子くんは、いつから来るんですか」
「明日からは来るって聞いてる」
「あ、そうなんですね」

 じゃあ明日、意地でも会って話さなきゃ。

「いつでも話聞くからな。先生を頼りなさい」
「ありがとうございます」

 佐藤先生は、良い先生だと思う。一人一人、生徒の様子をちゃんと見ているし。
 先生が教室から出ていく後ろ姿を眺めながら、ぼんやりとさっきの言葉を反芻(はんすう)する。

 ……さすがだな、か。
 あえてその言葉には触れなかった。

 薄々と、気がついている。
 ちゃんとやりたいのは、王子くんがどうのこうのじゃない。自分の成績のためでもない。

 ただ、わたしに期待してくれている先生に応えたいだけだ。

 なにもないからっぽのわたしに、何かしらの成果を期待してくれている先生のことは、裏切りたくない。

「はぁ……」

 わたしはまたため息を吐いた。
 本当に明日、来てくれるのだろうか。もしまた休んだりしたら、どうしよう。

 ……いや、そういうのは明日になってから考えよう。
 いま心配しても、疲れるだけだ。