「…こうでもしないと、お前逃げるだろ」


 そんなことしなくても逃げませんよ、って、すぐに答えられなかった。


「…なんで連れて来たんですか」


「お前、最近俺のこと避けてるだろ」


「…避けてません」


 私は努力した。姫川先輩の邪魔があって、話しかけられなかっただけ。


「じゃあなんで俺の近くにいて俺に話しかけないんだよ」


 え、私が近くにいたこと知ってるの?


「じゃあ先輩は私が近くにいることを知ってて、姫川先輩と話してたんですか?」


「いや、それは…」


 先輩はバツが悪そうに下を向く。


 なにそれ。最低じゃん。


 私には避けてるだろとか言ってくるくせに、先輩は姫川先輩と楽しく話して、しかもカフェ?


「チハル先輩ー?」


 リツくんの声がした。


「は?お前、あいつに名前で呼ばれてんの?」


「…そうですけど」


「俺が呼んでないのに?」


「…別にいいじゃないですか。ニセモノですし」


 私がそう言うと、先輩は固まってしまった。


「どうしたの、リツくん」


「あ、いえ、仕事のことで連絡があって」


「おい、立花!」


 階段を降りようとした私たちに向かって先輩が叫ぶ。


「…もう私がお話しすることはありません」


 私は背中を向けて、今度こそ階段を降りて行った。