「ミク?」


あたしの名前を呼ぶ大好きなテノールの声。


いつもとは違い、傘があたし達の距離を遠くする。


「ごめん、サクヤ。なんか話してた?」


「いや、話してない」


あたしを安心させる、落ち着いた声が、雨音の中に消える。


チカチカと光を点滅させる信号を見て、足を止める。


走って渡れば水が跳ねて、靴やサクヤのズボンの裾を汚すから。


それに、まだサクヤの隣にいたい。


横断歩道の音響信号だけが、いつもと変わらず、呑気に音を鳴らす。