「や、やめてください…!」

「うちの従業員に手出さないでもらえますか」

 男の腕をぐいと掴んだのは三宅先輩だった。彼の言葉は冷静だが怒りを含んでいた。

「いててて。何すんだ!」

「お客さんたち、お店間違ってませんか?そういうのなら他の店でやってください」

「うるせーな。水を差すようなこと言うんじゃねえよ」

「他のお客様の迷惑です。お引き取りください」

「はあ?迷惑だあ?んだよこっちは楽しく飲んでるのによぉ!」

 男は今にも殴りそうな勢いで三宅先輩に掴みかかってきた。もうひとりの男は、「もうやめとけって」と宥めようとしている。

「殴ったら最低でも暴行罪になりますけどいいんすか」

 しばし彼らは睨みあっていたが、客の方が根負けしたようだ。舌打ちをして三宅先輩を掴んでいた手を離した。

 「こんな店もう来ねえよ!」と先程三宅先輩に掴みかかってきた男は吐き捨てるように言って店を出て行った。連れの男は気まずそうにぺこぺこ頭を下げて会計を済ませ、そのあとを追っていった。

「ったく、とんだセクハラ親父だったな。大丈夫だったか?」

「三宅先輩のおかげで平気です。ありがとうございました」

 私は深々と頭を下げた。

「三宅くん、お客さんと揉めないでくれよ」

 大将は心配して炊事場から出てきた。

「揉めてないっすよ。悪がらみしてきた客を注意しただけじゃないすか。ていうか従業員に手出してくるようなやつは客じゃないでしょ」

「警察沙汰になるかと思ってハラハラしたぞ」

「私が曖昧な態度をとっていたのが悪いんです。すみません」

「謝んなよ。向こうが一方的に悪いだろ」

「ともかくふたりとも無事でよかったよ」

「三宅くん、かっこよかったぞー」

 カウンター席に座っていた常連客のひとりがパチパチと小さな拍手を送った。

「あ、ども」