「愛しているのは君だけだよ」

 彼は躊躇なく甘い言葉を囁きながら、何度も何度も私の唇にキスをする。私もそれに応えるように、自然と彼の唇を求めてしまう。深いキスにふたりの吐息と唾液が混じり合い、呼吸が苦しくなるも離れがたい。頭と手足がしびれてぼーっとしてきて理性と感情の(はざま)に溺れそうになる。

って、ちょっと待って。

「ちょ、ちょっと待ってください。情に流そうとしたって無駄ですからね!」

「そんなつもりは…」

 私は彼の胸を押して身体を離した。

「私のこと、嫌いになりました?」

 あからさまに眉尻を下げて悲しそうな顔をされると尻込みしてしまう。

「好き、です、けど…。だって、あんなふうに情動的に飛び出したり怒ったりしたあとなのに、こんなことするのって、虫がよすぎるというか…」

「私の精一杯の愛情表現なのですが、そう言うなら無理に続きはしません。言っておきますが、こんなことしたくなるのはあなただけですからね。本当ですよ」

 彼はチュッと私の額にキスを落とした。

「あんまり遅いとご両親が心配しますよ。駅まで送りますね」

 駅で彼と別れたあと、私は電車に揺られ、車窓から夜の街を見つめながら物思いに耽った。とりあえずあのイヤリングがなんだったのかは分かったが、やはりしこりは残ったままな感じがする。

 あのイヤリングは、今度彼女に会ったときに返すと言っていた。仕事でまた彼女は会社に来るだろうからと。いつも誠実な彼が浮気なんてするはずないのだが、彼女の方がまだ気があるのではないかと内心穏やかではない。

 彼はその元恋人と別れあとは、恋愛から遠ざかっていたようだが、彼女との間にそれくらい大きなことがあったのだろうと思う。一生恋愛はしないと思わせるような何かが。

もしかして、彼がずっと独身でいるのは、過去の恋愛にトラウマがあるから?

元恋人との間に何があったんだろう?しかし、とてもじゃないが彼に過去の恋愛について聞く勇気はない。