「危ないだろう!」

 頭の上から怒号が飛ぶ。

あまりの剣幕とその声の大きさにびっくりして心臓が飛び跳ねた。いつもは優しく穏やかな彼が初めて見せた荒々しい形相に委縮してしまう。彼の手がかすかに震えているのが目に入った。

私は小さな子どもみたいに、茫然としながらポロポロと泣き出してしまった。

「大きな声出してごめん。部屋に戻ろう」

 私は彼に手を引かれてまた彼の部屋に戻った。私たちはソファに隣り合って腰を下ろした。私は俯いたまま身を固くした。頬を伝う涙をそのままにしていると、彼が手を伸ばしてきたのでそれを振り払った。

「ごめん。ちゃんと話すから、聞いてほしい」

 いつもの穏やかな声で彼は言う。私は少し冷静さを取り戻し、黙って彼の言葉に耳を傾けた。

「彼女は、5年前別れた人です。別れてからは一度も会ったことはありません。先日たまたま彼女が仕事でうちの会社に来ていて、偶然再会したんです。それで一緒にお昼を食べました」

「一緒にご飯、食べたんですね。元カノと」

「ごめんなさい。軽率でした。でも私にやましい気持ちはありませんよ。もう彼女との関係は5年前に終わっています」

「それで、イヤリングがなんで?」

「イヤリングはそのときの彼女の忘れ物です」

「忘れ物?ご飯を食べるだけでイヤリングをどうやって忘れるっていうの?」

「…ごめんなさい。厳密に言うと、知らぬ間にポケットに入ってたんです。たぶん、彼女が入れたんだと思います。上着を椅子に掛けていて、私がトイレに立っている間に入れたのかと…」