『あなたみたいな誠実な男と結婚すべきだったわ』

『うまく…いってるのかしら』

『啓之は、今幸せ?』

 あのときの彼女の意味深な言葉と表情を思い出し、改めて違和感をもった。お互いにそれぞれ前に進めているのだと思っていたのに、彼女は違っていたのか。きっと幸せな家庭を築いているのだと、そう思っていたのに。


 家に帰ってから上着を脱いでポールハンガーに掛けようとしたら、上着のサイドポケットに何かが入っているのに気づいた。

「これは…」

 今日彼女がつけていたイヤリングの片方だった。いつの間にこんなものが。そう言えば、店を出る前に一度トイレに立った。椅子に上着を掛けっぱなしにしていたからそのときに入れたのだろうか。それにしてもなぜそんなことを…。

ともかくこれは返さなければならない。きっとまた会社で会うことがあるだろうからそのときに返そうと思い、イヤリングを再びポケットにしまった。


このイヤリングが恋人との仲をかき乱そうとしていたことも知らずに。