午前中の経営会議が終わったあとだった。部署に戻る途中の廊下である人と遭遇する。

「西島さん?」

 すれ違いざまに女性に呼び止められた。振り向いてその女性の顔を見た瞬間、懐かしい記憶が呼び覚まされる。

「園田さん…いや、今は篠原か」

「久しぶりね。元気にしてた?」

「まあ、それなりに。そっちも元気そうだね」

「ねえ、これからランチ食べるんだけど、一緒にどう?」


 俺たちは会社近くの洋食屋に入った。丁度昼時なので店内は混んでいた。店内は少し暑かったので、上着を脱いで椅子に掛けた。俺は和風ハンバーグ定食、彼女は厚切りベーコンが入ったカルボナーラを注文した。

「あなたと会うのはいつぶりかしら」

「それこそ5年ぶりだろう。俺が君に振られてからだ」

「厳密には私が退社してからよ」

 5年前に別れた元恋人、園田麗香もとい篠原麗香。

彼女とは社内恋愛だった。出会ったのは8年前。当時はふたりとも経営企画部に所属しており、俺はそこの経営企画室の係長で彼女は事業構想室の主任をしていた。職場の飲み会で意気投合し、距離が縮まるのにそう時間はかからなかった。

付き合い始めて3年目のこと。彼女との結婚を考えていた矢先だった。突然彼女に別れを切り出される。男ができたと。しかもその男の子どもを身籠ったと。その話を聞いたとき、茫然自失となったのは言うまでもない。いわゆる「寝取られた」わけだが、怒りと言うよりは悲しみの方がまさった。そして世に言う授かり婚ということで彼女は寿退社したのだった。

まわりには俺たちが付き合っていることは秘密にしていたので、俺の傷心など誰も知る由もない。彼女が会社を去ったあとも、無気力で仕事に身が入らず、みるみるうちに痩せていった。その様子にまわりからも心配されたものだった。独りになったあと、何人かの女性に言い寄られたこともあったが、そんなこともあって恋愛からは距離を置いていた。

石原慧という女性と会うまでは。