時間は9時を回ったところだろうか。顔なじみの一人客が来店した。彼はいつものカウンターの端っこに腰かけた。

「お店に来るのは久しぶりですね」

「あなたに会いたくなってしまって」

 おしぼりを渡すときに彼はこそっと私に耳打ちした。瞬時に顔が熱くなる。

「西島さん、からかわないでくださいよ」

「本当のことですよ。とりあえず、たこわさとぶり大根と、熱燗お願いします」

「かしこまりました!」

 他の客を対応している傍ら、ついつい西島さんを盗み見てしまう。ああ、かっこいい…。もっとおしゃれなレストランやバーが似合う人なのに、なんでこんな大衆居酒屋に足を運んでいるんだろう。そうであっても、哀愁を身にまとってしみじみ熱燗を飲む姿は素敵である。

 彼とのホテルでの一夜を思い出してしまう。強く私を求める熱い口づけと艶めかしく私の乳房を触る大きく骨ばった手が克明に脳裏に焼き付いている。あのときのエロティックな彼と目の前にいるビジネスマンな彼がうまく結びつかない。あんなことをしておいてどうしてそんな平然としていられるのか不思議だ。私は羞恥で顔が火照るのを感じた。

「ケイちゃん、何ボーっとしてんの。これ持ってって」

「あ、はい!」

 私は慌てて大将から唐揚げと枝豆の皿を受け取った。