「き、急すぎますっ」

「急なんかじゃないですよ。私の方は今日ずっと我慢していたんですから」

 彼の大きく温かい手が私の頬に触れた。

「あ、わ、私だって、いつも西島さんのことで頭がいっぱいで、ずっと卒論が手につきませんよ…」

「私のせい、ですか」

「卒論どころか、何も手につきません。いけないって思っても、いつの間にか西島さんのことを考えてしまうんです。人を好きになってこんなふうになってしまうのは初めてなんです。どうかしてますよね…」

「…もっと私のことでいっぱいになればいい、なんて思ってしまうのは、強欲すぎるでしょうか」

「え?」

 彼は強引に私をソファに押し倒した。

「私のようなおじさんなんかのために…」

「『おじさんなんか』じゃ、ないです。だいたい、どうして今日否定させてくれなかったんですか。お父さんじゃなくて彼氏ですって」

「ああ、あのときですか」

 そう、写真を撮ってもらったあのときだ。

「私と恋人同士だと思われるのは恥ずかしいですか?」

「そりゃ、恥ずかしいですよ。若い女の子の隣を歩いているのがこんなくたびれたオヤジで、今日みたいに父親と思われたり援交と思われたりするんじゃないかと…」

「そんなこと考えてたんですか?」
 私は思わず噴き出した。いつも大人の余裕で私をリードしてくれる彼がそんなことを思っていたなんて知らなかった。なんでそんな自信がないのか不思議でならない。