椋毘登(くらひと)は、私のことを心配して誘ってきくれたの?」

彼女的に、椋毘登にこんな優しい一面があったとは、少し意外に思えた。

「まぁ、そうだな。それに俺もたまには星を眺めてみるのも良いかと思った。だからお前は特に気にしなくて良い」

それから2人はただただ星を眺めてることにした。辺りは虫の鳴き声が聞こえてくるぐらいで、割と静まりかえっていた。

だがこうやって静かに星を眺めるのも悪くないように思える。

そして稚沙(ちさ)自身も星を眺めていることで、だいぶ気持ちが楽になった。


「よし、じゃあそろそろ戻るか。もう辺りも真っ暗だし、お前の自宅までは送ってやる」

「ありがと椋毘登。ねぇ、あなたも今日は小墾田宮に泊まるんでしょう?」

さすがにこの時間に馬を走らせるのは無理がある。きっと彼もそこは考えているはずだ。

「あぁ、それに関しては小墾田宮(おはりだのみや)についた時、先に宮人には伝えてきている」

そういって彼は、稚沙に自身の手を差し出した。

そんな彼の行動が少し不思議に思えたが、稚沙もとくに嫌とは思わなかったので、素直に自身の手を彼に差し出した。

すると椋毘登はさっと稚沙の手を握ってから「よし、じゃあ戻るか」といって歩き出した。

2人して歩いている道中、辺りもだいぶ暗くなっていたので、お互いの顔ははっきりと見えていない。

だが稚沙は、何となく椋毘登がとても優しそうな表情をしているような気がした。



そしてあっという間に、2人は稚沙の住居の前までやってきた。

いざ住居の前まで来ると、稚沙は彼と別れるのがちょっと寂しい感じがしてくる。

「じゃあ、俺は今日小墾田宮に泊まって、
明日の早朝には蘇我に戻る。なのでお前とは、ここでお別れだ」

つまり明日の仕事が始まる頃には、椋毘登はもう小墾田宮にはいないのだろう。

「うん、分かった。椋毘登も今日は本当にありがとうね」

稚沙は彼に笑顔で笑ってそう答える。

椋毘登は、稚沙がこんなに自分に笑顔を向けて話しかけてくるのは初めてだと思った。
そしてこれが、彼女本来の姿であることも。

(きっと厩戸皇子には、いつもこんな笑顔を向けていたんだろうな……)

この時彼の中で今までにはない、何か不思議な感情が芽生え出した。

「じゃあ、椋毘登。私自宅に戻るね」

一方稚沙の方は、そんな彼の複雑な心境の変化に全く気付かないでいる。

「あぁ、分かった。今日はしっかり休めよ」

「うん、分かった」

そういって彼女は、そのままスタスタと歩いて自身の住居へと戻っていった。


そんな彼女の後ろ姿を、呆然と椋毘登は眺めていた。

(まぁ、あいつも元気になったようだし、とりあえずは良しとするか)


それから椋毘登も、小墾田宮の方へとそのまま向かっていった。