椋毘登(くらひと)、本当に今回は申し訳ない。私の方からも彼女にはちゃんといって聞かせる」

厩戸皇子(うまやどのみこ)は椋毘登にそう話す。

稚沙は大和の皇子である彼にここまでいわせてしまい、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

(厩戸皇子、本当にごめんなさい)


「では、皇子。私達もそろそろ帰ることにします」

馬子は皇子にそう話すと、椋毘登に「では、行くぞ」といって彼を連れてその場を離れていった。

稚沙と厩戸皇子は、そんな彼らをしばらく見送っていた。


2人の姿が見えなくなったのを確認すると、稚沙は直ぐさま彼に謝った。

「厩戸皇子、本当に済みませんでした!私が軽はずみなことをしたばかりに……」

これはさすがの彼も怒るだろうと、彼女も覚悟をしたが、どうやら彼の思惑は少し違っていたようだ。

「正直、今回は本当に焦った。先程は椋毘登が今にも稚沙を切り殺そうとしていたからね。君は恐らく彼らの情報を何かつかもうとしたかったのだろ?」

どうやら稚沙の考えてることは、彼にはお見通しのようだ。

「はい、本当にその通りです。少しでも皇子のお役に立てればと思って。でも流石に反省しましたので、今後はこのようなことは絶対にしません」

「まぁ、君のその気持ちはとても有り難いが……今後は本当に気を付けなさい。分かったね」

稚沙は皇子にそういわれて「はい、そうします」と返事をした。

厩戸皇子の為にと思ってしたことが、結果的に迷惑を掛ける形になってしまった。本当に悔しいやら、情けないやらである。

「とりあえず、もう過ぎてしまったことはどうしようもない。稚沙もいつまでも落ち込んでないで、元気を出さないか。元気なのが君の取り柄だろ?」

こんな状況でも、彼は本当に優しいなと稚沙は思った。


「では俺もそろそろ自分の宮に戻ることにする」

「はい、皇子も帰り道中はお気をつけて」

稚沙も皇子である彼が帰ってしまうのはとても寂しい。だがこれは仕方のないことである。

そんな彼女の言葉を聞いた厩戸皇子は「あぁ、分かってる」と、いつもの優しい表情でそういった。

そしてその後、彼はここ小墾田宮を後にした。


(とりあえず今日のことはちゃんと反省して、引き続きまた頑張ることにしよう)

稚沙はそう誓って、自身の仕事へと戻っていった。





一方その頃、蘇我馬子と椋毘登は彼らの住居に向かって馬を走らせていた。

「しかし、先程の娘は中々面白いな。本当に度胸が据わっている」

馬子はとても愉快そうにして、隣の椋毘登にいった。

だが彼の方は少し不満気味のようで「そうですね」とだけ静かに答える。


(一体あの娘は何なんだ。興味本位にも程がある。今度同じことをしてみろ、次は本当に容赦しない……)


彼はそんなことを思いながら、蘇我の一族の住居へと戻って行った。