その時である。

「お前達、ここで一体何をやっている!!」

椋毘登(くらひと)達はふとその声の主に目を向ける。
そこに現れたのは、なんとあの厩戸皇子(うまやどのみこ)だった。

(う、厩戸皇子……)

稚沙は助けを求めて皇子に目で訴えた。

厩戸皇子はこの状況を目の当たりにして、直ぐさま彼らの元に駆け寄ってきた。

「この娘が私と叔父の会話を隠れて聞いていたので、誰かの差し金かと思いましてね。
でもあなたが直ぐさま来られるとは、もしや厩戸皇子、彼女はあなたの差し金ですか!」

厩戸皇子も椋毘登にそういわれて、まさか自分が疑われるとは夢にも思わなかったといった表情を見せる。

「椋毘登、それは誤解だ。私は差し金などしむけてはいない。
仮にもしそうだったとしても、何故彼女にそのような危険をさせる必要がある。
とりあえず今は、その刀をしまわないか!」

厩戸皇子はとても怒った口調で、彼にそういい放った。

椋毘登も彼にそこまでいわれると、流石に逆らえないと思い、しぶしぶ刀をしまった。

「だが、皇子。彼女が私達の話を隠れて聞いていたのは事実です。怪しむのは当然でしょう」

どうやら椋毘登はまだ全然納得がいっていないようだ。

だが厩戸皇子はそんな彼の言葉を無視して、直ぐさま稚沙の元に駆け寄った。

彼女は皇子が目の前にやってきたのを確認すると、安心したのか思わず声を上げて叫んだ。

「う、厩戸皇子、ごめんなさいー!!私が軽はずみな行動をしたばかりに……ほ、本当に、本当に怖かったですー!!」

それから彼女は皇子の胸に持たれて、大声でわんわんと泣き出してしまった。

その光景に、流石の椋毘登も思わず唖然とする。

「な、何なんだ。こいつは……」

その状況を見ていた蘇我馬子(そがのうまこ)は、椋毘登の横にやってきていった。

「椋毘登、どうやらお前の思い違いのようだ。まぁ、我々も隠れるような所で話をしていたのも良くなかった」

とりあえずその後、彼らは稚沙が泣き止むのを待ってから、話をすることにした。



「つまり、この娘がいうに。我々が何の話をしているのかが気になって、それで隠れて聞こうとしただけだと……」

椋毘登は、余りのことに愕然とした。まさか宮の女官がそのようなことをするとは夢にも思わなかった。

「はい、本当に済みませんでした。私が軽はずみなことをしてしまったがばかりに」

稚沙は素直に椋毘登達に謝ることにした。あわよくば、厩戸皇子に喜んで貰えるのではと思ったことは伏せたままにして。

「馬子殿、椋毘登、私がいうのも変ですが、本当に申し訳ない。彼女も反省しているようですし、今回は見逃してもらえないでしょうか」

「まぁ、今回は我々にも全く落ち度がなかった訳でもないので、大目に見ることにしましょう。なぁ椋毘登。それで良いな」

彼も叔父の馬子にそういわれてしまうと、流石にいい返すことが出来ない。

「分かりました。では今回は多めに見ることにします。ですが、また同じようなことがあれば、その時は俺も容赦はしません」