「作っておくから、莉子はお風呂に入って」


「うん」



帰ろうとしていたのにお風呂なんて
考えればおかしな話だけど

心ここに在らずの私は
素直にそれに従った


どこをどう洗ったのか記憶に残らないまま


ボンヤリしながら戻った私を
凛さんは笑顔で迎えてくれた






「「いただきます」」


向かい合って両手を合わせる


いつだって美味しい凛さんの料理は
あっという間に胃袋に収まった


後片付けを並んで済ませると
凛さんがホットワインを用意してくれて


どちらからともなく乾杯して
ソファに腰掛けた


「先ずは・・・」


そう始まった凛さん話は
私なりに想像したものより重いものだった


「ほら」


目の前に出された凛さんの右の手の平の第一関節には
人差し指から小指まで
真っ直ぐ伸びる一本の縫合傷がある


いつだったか
BARで飲んでいた時に気付いたことがあった


その時は『名誉の負傷』なんて誤魔化されたけれど


「昔、刺されそうになって
咄嗟に刃を掴んだ時の傷」


知らされた事実に息を飲んだ


「実家は、莉子の家とは真逆に
三時間も電車に乗って県境を二つ跨いだところ」


「そうなんだ」知らなかった


「昔からよくモテて」


「・・・そりゃあ、ね」


これだけ綺麗な凛さんがモテないはずもない


「大学生になってからは
輪をかけたみたいに追っかけまでいたりして
今思い出しても、あの頃周りにいた女達は猟奇的だったと思う」


「それが、傷と繋がるの?」



知らないうちに力が入っていたのか
凛さんは両手に挟んでいたグラスを抜き取った