昨日休んだ割には期日の迫った仕事を抱えていなかったことで


お昼休み前には隙間を見つけて人事部へ転居届を出すことができた


それがいけなかったのか

広いフロアを歩いているだけで
「中井さん」「莉子ちゃん」なんて
何度も何度も名前を呼ばれて立ち止まることになってしまった


「熱はもう平気なの?」


「あ、はい、お陰様で」


まさか泣き過ぎて顔が腫れて見るに耐えなかったとも言えず

曖昧に笑顔を作る


それに時間を取られた所為で
デスクに戻った時には青木の顔が膨れていた


「おたふく風邪?」


「んな訳ないだろーが」


「なによ、フグの練習?」


「お、お前なんてこと言うんだっ」


「フフ、変なの。青木の癖に」


「ほら、行くぞ」


「あ、うん」


途中更衣室でお財布だけを取って
レガーメから出た


「う○こ踏むわよ?」


並んで歩きながら携帯電話を操作している青木に声を掛ける


「・・・っ」


急に脚を止めた青木は


「なぁ、中井、なんかあった?」


真剣な顔で聞いてきた


「・・・なんかって?」


「ん、と、上手く言えないんだけどさ
中井ってそんなタイプじゃなかっただろ?」


「そんなタイプ?」


「面白いこと言うタイプってこと」


「・・・私だって、言うわよ?」


「いや、そうじゃなくて
中井が実は面白いなんてこと
少なくとも俺と城崎は知ってるさ
たださ」


「なによ」


「これまでは面白い答えに行き着く前に
会話が成立しなかっただろ?」


そりゃあ洸哉の為に極力異性との会話はしない主義だったから仕方ない


「今日見てるだけでも、中井さ
かなりな数の人と会話してたぞ?」


そう言われてみるとそうかもしれない


「さっき、待ってる間に聞こえたんだけどさ」


「うん」


「高嶺の花が咲いたって」


「・・・は?」


「気づいてないかもしれないけど
今日はやたら口数が多いし、笑ってるし
なんて言うか、隙だらけ?ってことだろ」


「・・・は?」


キッチリと線引きしていた異性との境界線が
失恋したことで気づかないうちに薄くなったということだろうか


面倒な展開に肩が落ちた