「アタシのこと、居ないと思って良いから」


そう言ってオレンジジュースを飲む凛さんは
此処で電話を取れと言いたいようだ


渋々立ち上がってソファに置いたバッグの中から震え続けるそれを取り出した


【清水洸哉】


表示されている名前に昨日のシーンが蘇る

その映像に頭を振って
静かに耳に当てた


(莉子っ!)


突然の怒鳴り声に開かなかった目蓋が開いた


(お前、何処でなにやってる!)


一年半付き合ってきて初めて怒鳴られたことに驚いているうちに

更には“お前”と呼ばれて肩が跳ねた


(会社に電話したら休みだって言うし
昨日はあれからお前の部屋に三時間も居たんだぞ!)


それがどうしたと言うのだろうか
段々と感覚が麻痺してくる中で

凛さんが近くに立っていることにも気づかず

洸哉の勝手な言い分を聞いていた


(あれはあの女に押し倒されただけで
お前が思っているようなことは無かったんだ
だから、サヨナラは受け付けないからな)

「・・・」


洸哉の言葉が理解し難くて言葉が出ない私から


「アンタ、そんな子供騙し通用するとでも思ってんの?」


伸びてきた手が携帯電話を抜き取った


「・・・っ」


驚いて見上げる私の頭の上に手を置いた凛さんは


「この腐れ外道が!」


低い男性の声で唸った


「・・・っ!」


はじめて聞く驚きよりも私を守ってくれるんだという安心感の方が大きい

浮気された上に洸哉に丸め込まれそうな自分が情けなくて

忘れていた涙が戻ってきた

頭の上では凛さんと洸哉とのバトルが続いているのに
それを聞く気分はならなくて

時折頭の上に置かれた手が
慰めるように動くのを感じているだけだった



「今後、莉子に近づくことは俺が許さない
破ったら銀行でお前の悪行を晒してやるよ」



最後に一層低い声で唸った凛さんは
携帯電話の電源を落として返してくれた