「大丈夫?花枝ちゃん」

花枝が目を開ければ、そこにいたのはずっと来てほしいと願っていた麦だった。警察官の制服を着た麦を目にし、花枝は一気に安心感が込み上げてくる。気が付けば、麦に抱き付いて泣いていた。

「本当に怖かった……!」

「うん、僕が来たからにはもう安心だからね」

麦に優しく抱き締められ、花枝の瞳からはますます涙が溢れ落ちていった。



花枝を家に送り届け、麦は「フフッ」と笑う。その笑みは優しいものではなく、どこか闇を含んでいる。

「演技、お疲れ様」

麦が声をかけると、マンションの前に立っていた男が振り向く。その男は先ほど、花枝を裏路地に引っ張り込んだ人物である。

「ったく、警察官なのに何でストーカーの役なんてしなきゃいけないんだよ」

「飲みに行く時に奢るって言ったでしょ?」

ブツブツと文句を言う男に対し、麦はニコニコと笑う。そして「帰ろう」と言い、二人は車に乗り込んだ。

「……それにしても、花枝の泣き顔可愛かったなぁ。俺に抱き付いてきたし」

堕ちるのももう少しだね、そう呟いた彼を見て、男は「まるで悪魔だな」と呟く。

それは、夜空に輝く月だけしか知らない麦の秘密だ。