生まれ故郷のナーシャという領地。
 この地に私は帰ってきた。いえ、『帰ってきた』というのは少し違いますね。だって、今の私は……。

「お母様、レイチェルが戻りました。いないのですか? 出迎えないのはどういうことですかっ」
「れ、レイチェル!? アナタは、明日、ミシェル王子と結婚するはずだったはずよ。どうしてここに……」
「くだらない質問はよしてちょうだい。私、この地でやり直すことにしましたの」

 私を心配そうな視線で見つめる母親。
 でも、今必要なのは、同情ではないの。私が今一番欲しいものは……。

「いったい何があったんだい。ついこの間まで、あんなに嬉しそうだったのに」
「別に、何もないわ。それよりもお母様。私に当主の座を渡してちょうだい。今すぐに、ね?」

 普段驚かないお母様の顔が豹変し、口を開けっ放しにして固まっている。普通はそうよね、婚約した娘が帰ってきて、いの一番に当主の座を寄越せなんて言うのだから。

「当主の座を譲れなんて、そんなこと……」
「お母様に拒否権なんてないわよ。それとも、私が継ぐのを拒むわけ?」
「レイチェルが継ぐのに反対はしないわよ。でもその前に何があったぐらい……」

 うるさいお母様ね。ホント、めんどくさすぎます。
 今優先すべきなのは……当主の座よね。それでしたら……。

「ええ、お話いたしますわ。ですが、先に当主の座を私にお譲りください。でなければ私……もうこの身を投げるしかありませんもの」
「──!? レイチェル、本当に何があったのよ。分かったわ、今すぐ当主の座を譲ります。誓約書を持ってくるから、少し待っててね」


 お母様はチョロすぎよ。娘の命がかかってると知ったときの顔。最高でしたわ、所詮、親なんてこんなものよね。
 この世界は力ある者が勝つのよ。ですから、弱者は大人しく従っていればいいの。それがたとえ、実の親でも、ね。

 ──十分後。
 やっと戻って来ましたね。まったく遅いのよ、ばかっ。
 早く私に誓約書をよこしなさいよね。

「レイチェル、これでいいのかしら。これで、たった今からアナタがこの『シャルロット家』の当主よ。それで、どうして戻って来たのか教えて……」
「ふふふ、いいわよ。約束通り教えてあげるわ、でも、その前に、新当主レイチェルの命令よ、今すぐ、全員この場に集まりなさい」

 たった数分で、屋敷の者たちが私の前に集結する。
 人形のように動かず、私の言葉を待っていた。

「コホン。たった今から、シャルロット家はこのレイチェルが当主となりました。これからは、レイチェルの言葉こそ絶対と心に刻みなさい」
「はっ、かしこまりました、レイチェル様」
「いいわ、最高よ。ではさっそく命令よ、お母様……旧当主をこの屋敷から追い出しなさい。逆らえば同罪にいたしますわよ」
「れ、レイチェル、アナタは何を……。王都で何がアナタを変えてしまったのよ」

 慌てふためくお母様に、私は冷たくこう言い放った。

「最後に教えてあ、げ、る。結婚式の前日に、婚約破棄されてそのまま追い出されたの。だ、か、ら、レイチェルはこの地で悪役令嬢をするって決めたのよ」
「──!?」
「驚いて言葉もでないようね。でも、その顔、最高よ、もぅ、笑いが止まりませんわね。ご褒美に、馬小屋での生活をゆるしてあげます。さぁ、お母様を連れていきなさい!」

 お母様が何か言ってるけど、私には何も聞こえない。
 これは始まりなの。この国の王子が非道なら、私はさらなる非道でこの地に君臨してやるのだから。