明日は結婚式。
 田舎貴族の出身で、まさかこの国の第一王子と結婚できるなんて思ってもみなかった。だって私は、なんの取り柄もないただの田舎娘ですから。

 あっ、言い忘れてました。私はレイチェル、とある田舎で育った普通の貴族令嬢。茶色の髪は肩まで長く、どこにでもいそうな顔立ちなのです。ちなみに、メガネっ娘なのですよっ。

「レイチェル、レイチェルはいるか?」
「ミシェル様、レイチェルはここにおります。そんなに慌ててどうされましたか?」

 私を探しているのがミシェル様。この国の第一王子で私のフィアンセですわ。この国に住む女性たちの憧れで、性格よし、ルックスよし、オマケに……超お金持ち。
 でも、お金があるのは当然よね。だって、王子様なんですから。

「こんなところのいたのか。実は、大切な話があるんだ」
「大切な話ですの? あっ、分かりましたわ、明日の結婚式のことですね」
「うむ、まさにそのことだよ。レイチェル、驚かないで聞いてくれ」

 真剣な眼差しのミシェル様。結婚式で何かトラブルでもあったのかしら。でも大丈夫よ、ミシェル様ならどんなトラブルがあろうとも、必ず解決してくれますもの。

「レイチェルは何があっても驚きませんわ。ミシェル様を信じていますから」
「そうか、それなら……」

 大丈夫、大丈夫だから。ミシェル様はどんなトラブルでも……。

 「悪いけど、実はタイプじゃないし、話し方が田舎臭いから、婚約破棄するね。それに地味だし!」
「えっ……」

 きっと、聞き間違いよね。あのミシェル様が、そんなこと言うわけないですもの。そうよ、これは幻聴、嬉しさというガラスが屈折させたのよ。でなければ……。

「あれ、聞こえてなかったようだね。これだから、田舎娘ら……。仕方ない、もう一度だけ言ってあげよう。僕はキミが嫌いなんだ、キミのすべてがね。成り行きでなんとなく婚約したけど、やっぱり、無理なものは無理。だかだから荷物をまとめ田舎へ帰れ、この、──野郎っ!」

 何これ、言葉にモザイクがかかるなんて。ありえない、これは夢よ、きっと、本当の私はまだふかふかのベッドで眠っているんだわ。きっとそうよ……。

「なんだ、ボーッとして。もういい、おい、この女をこの部屋から、いや、この城からつまみ出せ」
「夢でのミシェル様は怖すぎます。レイチェルはこの悪夢から早く目覚めたいのです」
「何を訳の分からないことを、衛兵! 何をしている、僕の命令が聞こえなかったのかっ!」

 私の頭は完全に混乱していた。
 昨日まで優しかったミシェル様はいなくなり、目の前には反転して闇堕ちたミシェル様がいるのだから。
 その場に崩れ落ちてしまった私は、ミシェル様の命を受けた衛兵に引きずられ城の外へ。

 そして、ようやく理解したのだ。
 私は捨てられたのだと。

「ミシェル様……。レイチェルはアナタ様を愛してたのに……。どうして……」

 私は失意のどん底に落ち、重い荷物をひとりで抱えながら、王都から生まれ故郷へと向かう。
 一歩、また一歩と足を踏み出す度に、心は闇へと近づいていく。


 婚約破棄、偽りのミシェル様、そして自分の存在を否定される。故郷に着くころには、私の心が完全に闇堕ちしていた。