「……そんなことが……」

 ポツリポツリと途切れがちに、遭ったこと全てを聞かされたアッシュは、うな垂れたあたしのずっと上の方で、唖然とした溜息を吐いた。

 まもなく我が家に到着だ。数時間前まで笑顔で溢れていた筈の我が家へ──なのに今は……誰もいない。

「大丈夫だよ、きっと君のパパはママを無事に助け出してくる」

 エントランスの手前で依然しゃくり上げてしまったあたしに、アッシュは明るい声色で慰めてくれた。

「うん……ありがと」
「リルが信じないでどうするの? パパはあんなに強いのに」
「え?」

 あたしは扉を押し開きながら、すぐ後ろのアッシュを不思議そうに見上げた。どうして? 何故アッシュがそんなに自信満々なの??

 開いたままの口元が微かに読み取れたのだろう、アッシュはあたしの疑問に答えてくれた。

「僕も少なからず君のパパの過去を知っているからね。あんなに辛い人生を歩んできたのに、いつでも笑顔を忘れなかったのは、本当に強い心を持っているからだと思うよ」
「アッシュ……」

 まだ暗がりのままの室内で、もう一度アッシュに抱きついてしまう。いつの間にかパパと同じくらいに伸びた身長、その抱擁に心地良さを感じながら、でもあたしの心の中には一抹の不安が存在した。

「だからこそ……怖いんだよ……。パパはママのためなら、危ないこともしちゃいそうで……」

 涙が一雫、アッシュのシャツに染み込んでいった。背中に回した手に力を込めたその時。

「ルヴィ? ……いる、の?」

 扉の外から恐る恐る聞こえてきたのは──ルクのあたしを探す声だった──!!



※ラヴェルの辛い過去は、お手数ですが一作目『ラヴェンダー・ジュエルの瞳』をご参照ください。