ツパおばちゃんは身を(ひるがえ)し、ビビ先生の前まで駆け寄った。見上げる表情はいつになく焦燥して、沢山言いたいことがあるのに言えないみたいに唇が戦慄(わなな)く。反面見詰められた先の先生は(かたく)なな面差しで、真一文字に引き結ばれた口元は断固として動かないことを物語っていた。

 このやり取り、「あの時」のアッシュとタラお姉様を思い出させた。あたしのためにルクとアッシュが死ぬことがあったら、あたしは一生重荷を背負うことになると言われた「あの時」を。

「お願いです、師よ! リルヴィをサリファから遠ざけてください!! さもなければ死よりも(むご)いことが……私はラヴェルに、これ以上の悲しみなど……ですからっ、どうかお願いします!!」

 いつの間にかビビ先生の胸元を掴んで、ツパおばちゃんは喉元から叫んでいた。死よりも惨いこと……? これも何処かで聞いたことのあるやり取りだ……そう、えっと……ルクがサリファに取り込まれたら、あたしにとっての脅威になるって、それはあたしに言い(はばか)る内容だって、それが死よりも惨いこと……??

「もちろんリルヴィさんは逃がします。アシュリーさん、リルヴィさんを連れて逃げてください」

 アッシュへ呼び掛けた台詞と共に、ビビ先生の右手が鋭く動いた。その手元から投げられた何かがルクの耳をギリギリ(かす)めて、ルクの身体が後ろにのけ反り──

「リル!」

 全ては一瞬の出来事だった。

 剣の尖端がアッシュから天井へ外され、その隙を味方につけたアッシュが、ルクの左脇腹から自分の剣を抜き去った。それを下から上へ振り上げ、引っ掛けられたルクの剣が宙を舞う。遠心力の勢いそのままに、アッシュはあたし達へと振り向いて、ビビ先生に背中を押し出されたあたしの手を取った! でも──

「サリファ、取引の条件よ」

 あたしは促すアッシュの手を引き止めて、仰向けに倒れたルクの手を握り締めた──。