「残念ながら文献はこの辺りより、虫食いだらけで正確には把握出来ておりません。ですが再び『町狩り』に襲われたこの地に、シュクリからの恵みが降り注ぎ、ラヴェンダー・ジュエルと化した青年の力によって救われた、という大筋は何とか読み取ることが出来ています」
「再び……」

 ……襲われてしまったんだ。
 
 あたしはさっきのヴィジョンに現れた、町を焼き尽くす炎を思い出して身震いした。あんな怖しい想いを二度も味わった人達は、どれだけ心を潰されただろう。そんな目に遭ってしまったなら……そんな時に人々を救うことの出来る大きな力があったなら──あたしもジュエルのように地を浮かべて、空へ逃げたくなるに違いない。

「この歴史によって名も知れぬ娘(サリファ)がどのような影響を受け、何を目的として現代に(よみがえ)ったのかは知れません。が、時の流れの中で彼女の存在が闇へと消え、ジュエルと敵対する立場になったことは確かだと思われます」
「敵……対」

 ヴィジョンの彼女はあたしよりもずっと幼く見えるほど、童顔で華奢(きゃしゃ)で可愛らしい小鳥のようだった。そんな彼女がどうして──?

「少々話が長くなってしまいましたね。この件はこれくらいにして、もう一つの話に参りましょう。私が……サリファから「ノーム」と呼ばれたことについてです」

 おばちゃんは一呼吸置き、手元のお茶を一口飲んで唇を引き結んだ。急に話題を変えようとしたのは、山頂へ向かう時間を考えてのことなんだろう。ツパおばちゃんが「ノーム」と呼ばれた理由。緊張の走るその表情に、あたし達は今一度息を呑んだ。

「……ご存知の通り「現在のサリファ」は私の叔母、私の母の妹として生まれました。彼女はのちに伴侶となる王の誕生二ヶ月後に生を受け、年齢の近いことを優先させるヴェル(この国)では、つまり妃の第一候補として、生まれる前から注目を集める存在となりました」

 長い人生を添い遂げるため──確かにそんな伝統が、ヴェルには残っていると云う。