アイガーの可愛いヒト、ならぬワンちゃんは「ホルン」ちゃんというのだそうで。子犬全員の名前もおばちゃんが教えてくれたけれど、十匹目を聞いた時にはもう、一匹目の名前を忘れてしまっていた……。(註1)

 そんなのどかな会話をしながら、まもなくルクの許へ到着するという頃、アイガーが再び唸り声を上げ、真正面へ突っ走っていった!

「アイガー!?」

 慌てて三人も続けて走る。まさか……ルクにも何か遭ったって訳じゃないよね!?

「ルク! 無事か!?」

 真っ先に辿り着いたアッシュが叫んだ。やっと追いついたあたしの視界には、放心状態でしゃがみ込んだルクと、正気に戻そうと揺さぶるアッシュが映り込んだ。

「ルク!!」

 あたしの呼び声にハッと目を見開くルク、その両手にはベットリ赤い液体を(まと)わせた剣が握られていて、辺りの地面には……ザイーダの死骸が数匹転がっていた……!

「ルク! 大丈夫か!? 怪我してるのかっ!?」
「あ……あ、ボ、ボク……?」

 やっと言葉を発したルクは、それでもまだこの事態を把握出来ていないみたいだった。それを察してアッシュが彼の手から剣を外し、赤く光る(やいば)が見えないよう、近くの幹の後ろへ置いた。

「ごめん、ルク……僕が居ない間に……良く頑張ったね」
「ボク……? な、何が遭ったの??」

 それきりアッシュは何も答えず、ただ無言で薄く笑み、ルクの顔に付いた血しぶきを綺麗に拭き取ってあげていた。ツパおばちゃんとアイガーは、ルクの気付かぬ内にと幾つもの死体を引きずり隠す。なのにあたしは……何も言えず、何も出来ず、ただ二人の手前で立ちすくんでしまった。ルク……きっと必死だったんだ……必死で、無心で、ひたすら剣を振るって……そして全てを滅ぼした。