別れた恋人の連絡先を消すのと同じように、あたしもあたしで八咫烏の情報をすべてシャットアウトした。
脱退した時点で、あたしの中で、八咫烏はもう、過去になっていたから。
当時、八咫烏を、というか、あたしたちを神聖視する人もいて、あたしの脱退を惜しむ人もいたみたいだったけど、正直、鬱陶しかった。
だって、そういう人は、“本当のあたし”を知っている人なんておらず、“八咫烏のケイ”という表面しか知らないでしょう?
本人である、あたしが抜けるって決断したんだから、あんたたちにどうこう言われる筋合いないでしょ、と内心、ムカついたりしていた。
神聖視とか、嫌だったし、理解できなかった。やめてほしかった。
外から向けられるのは、嫌悪と憎悪だけでよかった。
いや、だけ“が”よかった、の間違いか。
あたしにとって、八咫烏は楽しさを共有する、娯楽の場所のはずだったのに、いつの間にか、世間に知られ、知名度が上がり、期待値が上がった。
八咫烏自体に深く思い込みはあった。
けれど、たくさん暴れて、族を潰して、有名になったことで、その地位に名誉に、人は群がり、周囲の八咫烏への興味や憧れ、嫉み、僻みの視線に晒された。
飛ばされるヤジに挑発の言葉。
売られる喧嘩。
辟易してしまった。
求められているのは、いつも“あたし”ではなく、“八咫烏のケイ”だけだった。
気づけば、誰も彼もが、あたしを“あたし”としてではなく、“八咫烏のケイ”としか認識しなくなっていた。
そう、それは仲間でさえも_______

