「ついたで」

 ゆきちゃんの言葉にはっとして前方に目を向ける。

 暗闇の中ひときわ黒く浮かび上がる二階建ての立派な蔵は、間近で見るとすごい迫力だ。
 天井が高く広々としたつくりになっているので、屋根の位置は平屋の本邸よりもはるかに上にある。

 窓はなく、鉄でできた戸には大きな錠前がいくつか下がり、見た目からもはっきりと分かる厳重な戸締まり。

「盗人が来ても引き返すんやない? これ……」

「そうだね、まだ一度も蔵をやぶられたことはないって。さ、裏に回ろう」

 ゆきちゃんの手をひいて、そろりそろりと足音を殺しながら高くそびえ立つ蔵の裏手に回る。

 時刻はちょうど丑三つ時。
 あたりに人の気配はない。


「こっちは陰になって真っ暗やなぁ、こわ~」

「うん、田中さんたちもいないみたい……」

 ふと上を見上げる。
 ぐるりと敷地を囲む高塀は足場になりそうな取っかかりもなく、高さもあるのでよじ登って侵入することは難しいはずだ。

 正面の門には門番が立っているから、もちろんそこから入るのも無理。
 田中さんたちはどうするつもりなんだろう。


「みこちん、何か聞こえへん?」

「うん?」

 ゆきちゃんは人差し指を口元に当てて「静かに」とこちらに促す。

 耳をすませて周囲の音に意識を集中させると、虫の声に混じって、かすかに話し声のようなものが聞こえてくる。

「……から、……をそうしてよぉ……」

「……」

「……おし……でいくぜ……」

 できるかぎり声を絞って会話しているのは伝わってくるものの、片方の声は半分ほど聞きとれる。
 おそらく田中さんだろう。

「田中さん、陸奥さん。天野です」

 かろうじて塀の向こうまで届くかというくらいの小さな声で、私は二人へと呼びかける。

「天野、陸奥だ。今からそちらに縄を投げるから、近くの木にくくりつけてもらえるか?」

「わかりました」

 そう返事をすると、すぐさま塀を越えて丈夫そうな荒縄がこちら側に垂れてきた。
 ゆきちゃんと協力して、それを蔵のとなりに立つ木に結びつける。
 試しに二人がかりで引っぱってみても、ほどける気配はない。これなら大丈夫だろう。

「準備できました」

 二人に声をかけると、壁一枚をへだてた向こう側から声が上がる。

「よっしゃあ、ぺっぺっ」

 ささやき声ながら威勢のよさが伝わってくるその一言を聞いて、てっきり田中さんが先に登ってくるんだろうと思いきや……