目をさますと、薄暗くなった部屋の中央にぼんやりと明かりがともっていた。
 いつの間にか陽が落ちてしまったらしい。

「みこちんよう寝るなぁ、もうすぐ夕餉やで」

 布団のそばで絵草紙をめくっていたゆきちゃんが、笑って顔を上げる。

「ゆきちゃん、帰ってきてたんだね。おかえり!」

「うん、ただいま。兄ちゃんがみこちんのこと心配してたで。順調に回復してて元気そうやって伝えたら安心したみたいやけど」

「そっかぁ。うん、自分でも良くなってきてるの分かるよ。昨日に比べて痛みも減ったし……」

 私は帯をといて着物をはだけさせ、背中から脇腹のほうへとのびる傷口を確認する。
 生々しく表面が膨らんだ患部からはまだわずかに血がにじんでいるけれど、大部分は厚いかさぶたでふさがっている。
 見るかぎり、そこまで深い傷ではないみたいだ。

「せやね、完全にふさがってしまえばひとまず安心やけど、しばらく安静にしとかなあかんよ。治りかけに傷口がひらくこともあるし」

「う……やっぱりそう? だけど、もう散歩くらいならできそうだよ」

「散歩なぁ。殿に許してもらえたら、やな。みこちんのことしばらく外に出さんて言うてたし」

「うん……」

 今朝までは、傷が治ったら自由にあちこち動けるものだと思っていたけど、このままじゃそうはいかないみたいだ。
 雨京さんをなんとか説得できたらなぁ。


「せや! 夕方ごろ、うちの診療所まで田中さんらが訪ねてきたんよ。一度ここにも寄った言うてたけど、来た?」

「来た! それで、追い返されたみたい……螢静堂にも行ったんだね! ゆきちゃんお話できたんだ、いいなぁ」

「いいなって何や!? みこちんやっぱ田中さん好きやな! あ、もしかして連れの男前さんの方か!?」

「連れって、陸奥さん?」

 男前と言われて、陸奥さんの顔を思い出す。
 私には面倒くさそうな視線しか向けてくれなかったけれど、たしかに整った顔立ちだったと思う。

「そ。無口な人やねぇ、田中さんと足して二で割ったら丁度ええわ……あ、そんでな! 二人から文を預かって来たんよ」

「えっ!? ほんと!? 見せて見せて!!」

 ゆきちゃんが懐から取り出した紙切れにとびついて、中を確認する。


『うしみつどき かぐらぎけの くらのうらでまつ』


「丑三つ時……蔵の裏?」

 中央に大きくそう書かれている。
 その隣には何かを書いて、太い線で上から消した跡がふたつほど。

「最初、陸奥さんが書いててんけど、みこちんは難しい字は読めへんって教えたら、田中さんが交代してな……なになに? 蔵? 神楽木家の?」

「丑三つ時かぁ、もしかして夜中に忍びこんでくるつもりかな? 危ないよね……」

 大きな字で堂々と書かれた待ち合わせの約束にふたたび目を落として、笑顔が引きつる。
 もし家の人にばれたらどうなるんだろう。

「なんや、あの二人めっちゃ熱いな!! よっしゃ! わくわくしてきたっ!! みこちん、殿たちにバレんように頑張ろうな!! 密会や、密会!!」

「ええ……!? 大丈夫かなぁ……」

 ゆきちゃんはものすごく張り切っているけれど、私としては不安だらけだ。


 ――とはいえ、これはめったにない絶好の機会でもある。
 田中さんたちと話したいことはたくさんある。
 中岡さんたちのその後のことも気になるし、水瀬一派の情報が何かつかめていないかも聞きたい。

 なにより今は、外出を禁じられていて会いたくても会いにいけない状況だ。
 向こうから訪ねてきてくれるなんて、こんなにありがたいことはない。

 ――よし、会おう!
 絶対に家の人にはバレないように!!