ほどなくして神楽木家へ到着した。

 重厚な門構えに、通りの向こうまで長く続く屋根つきの高塀。
 大名のお屋敷にもひけをとらない広大な敷地には、よく手入れされた庭園が広がっている。

 敷き詰められた美しい庭石の先にあるのは、大きな池。
 色鮮やかな鯉たちが澄んだ水の中で尾ひれをなびかせ、びいどろのようにきらきらと光るさまは、それだけで目を惹き心奪うひとつの作品だ。

 もちろん、そんな庭園の中心に立つお屋敷もこの上なく立派なものだ。
 大きさ広さもさることながら、各部屋を美しく彩る絵画や骨董品、刀剣なども世に二つとない一級品ばかりだそうだ。

 部屋数の多さにも驚かされる。
 以前私が住んでいた長屋よりも一室がはるかに広い上に、そんな部屋が襖をあけた先に何室も繋がっているのだ。
 迷路のようにあちこちに延びる廊下の先にはいくつかの離れや茶室があり、屋敷の奥には二つの大きな蔵もある。

 むかし、浦島さんの絵草紙の挿絵を依頼された父が、竜宮城を描く際に神楽木家の外観を参考にしたことがあるほど、それはそれは豪奢かつ壮麗なお屋敷なのだ。

「うっわ! なんやこのお屋敷! 城か!? どこの殿様が住んどんの!?」

「すごいよねぇ、たしか今はここ雨京さんしか住んでいないんですよね?」

 玄関までの道のりを歩きながら、私は雨京さんのほうを向いて語りかける。

「ああ。使用人を除けば私だけだ」

「あらら、妻子もちやと思ったらまさかの……! こないに広い屋敷、一人で住むんはもったいないですよ!」

「今後は美湖も住むことになる」

 雨京さんがそう口にだすのとほとんど同時に、屋敷の中から女中さんがひとり飛び出して来た。

「お帰りなさいませ、旦那様。美湖様とお連れの方々もどうぞ中へ」

「ああ。太助、このまま美湖を離れまで運んでくれ」

「はい――お嬢さん、もう少しで部屋ですので。雪子さんもついてきてください」

 太助と呼ばれた使用人のおじさんはこちらに振り返って声をかけると、私をおぶったまま草鞋をぬいで屋敷に上がり、まっすぐ続く廊下を歩いて行く。

「お嬢さんやて……」

「あはは……」

 身にあまる厚遇を受けて、思わず乾いた笑いが漏れてしまう。
 今後の神楽木家での生活が心配だ。