火消しが到着したのは、それからほどなくしてからのことだ。
 それまでいずみ屋周辺を取り囲んでいた組の人々と入れ替わるように、手際よく火消し衆が現場に散らばる。

 燃えさかるいずみ屋にはあちこちから梯子がかかり、竜吐水で勢いよく水が撒かれ、本格的な消火活動が始まった。

 いずみ屋を囲む三棟の家屋は、延焼防止のために柱を引き倒されながら破壊されていく。
 火のまわりが特に早かった谷口屋さんは真っ先に作業が進められ、すでにその大半が崩れ落ちていた。

 火事の現場では当たり前のことなのかもしれないけれど、こうも簡単に見慣れた家々が潰されていくのは、あまりにも忍びない。
 じわじわと肝を握りつぶされていくような絶望を感じる。

 これはすべていずみ屋が原因だ。
 それだけは逃れようのない事実だ。


(これから、どうすれば……)

 自分のこれからを考える前に、迷惑をかけた人々へ償いをする方法を考えなきゃいけない。
 ただただじっと、人だかりの中で消火を待ちながら、心の奥で焦りと不安が広がっていく。

 そっと視線をうつせば、隣に立つ田中さんや中岡さんや大橋さんも言葉なくその場にとどまっている。



「あんたのせいや……」

 ふと背後で、生気をなくしたか細い声が小さく漏れた。



 ――ドンッ!


 次いで、鈍く重い衝撃が背中を突き抜ける。
 誰かが激しくうしろからぶつかってきたような……


「谷口屋、さん……?」

 振り返った先に一瞬見えたのは、何かどす黒く染まったものを取り落として狂ったように叫ぶ谷口屋のおかみさんの姿。

「ごめん……なさい……」

 謝ろうとして口をひらく。

 かすれたような力のない声がわずかに漏れた。
 背から脇腹にかけてのあたりが、やけにぬるりと生暖かくて気持ちが悪い。


(血が出てる……? 刺された?)

 体の力が抜けて立っていられなくなった私は、ドサリとその場に倒れこむ。


「てめぇっ! 何してやがる……! おい! 天野ッ!! 大丈夫か!?」

「止血しろ! すごい血だ!! はやく医者に……!」

 ばたばたと周りが騒がしくなる。

 叫び声とわめき声が、嘘みたいにゆっくりと遠くから聞こえてくる。
 なにもかもが、急速に自分のそばから遠ざかっていくようだ。



(かすみさん……)

 まぶたの奥で、見慣れた笑顔が浮かんで消える。

 私の意識がぷつりと断ち切られたのは、それからすぐのことだった――。