ふるえながら顔を上げて見慣れた通りを見わたせば、そこに広がるのは、軒並み立てこもるように戸を閉ざす店舗と家屋――。
 見えなくなるほど先の通りにあるお店まで、早々と店じまいをして固く戸締まりをしている。

 昨夜の騒ぎで、周辺の店舗まで新選組の取り調べを受けたことが影響したのだろうか。

 浪士に襲撃され、新選組に取り囲まれ。
 そして今後も監視の対象となったいずみ屋の評判は、今や地におちた。
 多くの人が、この店を避けて通るだろう。

 実際今日は、目に見えてこの界隈の人通りが少なかった。
 とばっちりを受けて、お客さんが呼び込めなくなったお店もあるはずだ。

 ――そう考えると、当然なのかもしれない。
 こうして私たちが拒絶され、疎まれるのは。


「……本当にすみませんでした」

 格子窓の向こうにもはや人影はないけれど、私はもう一度地に額をぶつけるほどの勢いで深々と土下座をする。

 そして立ち上がり、冷たい闇の中シンと静まり返った大路に背を向けて走り出した。

 もうご近所さんは頼れない。
 誰も私の話に耳を傾けてはくれない。

 涙をぬぐって、顔をあげる。


(新選組の屯所の場所は知らないから、かぐら屋を目指そう)

 ここからは少し距離があるけれど、仕方がない。
 他に頼れる人がいないんだから。
 この時間なら雨京さんもいるはずだ。

 店内に一人で残っているかすみさんが心配でたまらない。
 早く人を呼んで戻らなきゃ。

 不安ばかりがつのって気持ちが折れてしまいそうだけど、山崎さんの話ではもうじき新選組がいずみ屋の様子を見に来てくれるはずだ。
 私がその場にいなくとも、そうなればかすみさんは助かる。


 かぐら屋までは、走れば四半刻もかからないだろう。

 入りくんだ路地を全力で走り抜ける。
 狭い小路は家屋からもれる明かりもわずかなもので、放るように地べたに置いてある桶や材木に何度もつまずいた。

 けれどそんなことをいちいち気にしてはいられない。
 ひざや腕のあちこちをすりむきながら、一心不乱に突き進む。


 いずみ屋から離れるにつれ、ぽつぽつとすれ違う人が増えていく。
 人が提げる行灯のやわらかい灯りにいくらかほっとしながら、私は走る。

 遠くで聞こえる犬の声だけがやたらと高く響き、月は雲に隠れて行く道を照らす光もろくにない。
 不気味で、恐ろしく、寒気のする夜だ――。