同級生が楽しい大学生活を送っている頃、黙々と将棋と向き合い昇進していく。若いながらに一目を置かれる存在なのだ。

 プロ入りしてから今日まで、数々のタイトルをものにし、向かうところ敵なしと思われている。

 いつしか『将棋界のプリンス』と言われるような存在になっていた。

 そんな完璧に見える匠にも、落ち込む事もあるのだ。


 この日、匠は将棋人生で一番の失敗を犯してしまった。朝から、何かと上手くいかない始まりだった。

 対局の際は必ず和装と決めている。長身でイケメンの匠の和装は、誰もが見惚れる。本人は、気が引き締まるためであって、決してファンの目の保養のためではないのだが……。

 いつものように着替えているつもりが、なかなかしっくり来ない。いつも以上に着替えに時間が掛かった。そして、慌てて家を出るときに、草履の鼻緒が切れたのだ。

 特に、げんを担ぐ方ではないのだが、さすがに鼻緒が切れたとなると気になる。