沈黙の戦い〜凛々しい棋士のギャップ〜

 結局、遅番で残業なく帰ってきた時と変わらない時間になってしまった。家に着く頃には雨も強くなり、足元もびしょびしょになっている。

 マンションが見えて来て、早くお風呂に入ろうと考えていた美羽の視界の端に、いつもとは違う光景が飛び込んできた。

 マンションの向かいにある小さな公園のベンチに黒い影が見える。

 よく見ると人のようだ。

 いつもなら警戒するのだが、なぜか無意識にそちらに惹きつけられた。近づくと和装の男性がびしょびしょに濡れ、頭を抱えてベンチに座っている。無意味かもしれないが、傘を男性の上に差した。

「大丈夫ですか?」

 意識はあるのだろうか?声をかけてみると少しだが動いた。
 
「救急車を呼びましょうか?」

 すると、絞り出すような声で返事が……。

「やめてくれ……」