「負けました」 

 一言発し対局相手が深くお辞儀する。

 匠も相手に対し敬意を一礼で示す。

「フゥー」誰にも聞こえないくらいの小さな安堵の吐息を出し、肩の力を抜いた。

 背筋を伸ばし凛々しい匠は、あまり人に緊張は伝わらないようだが、対局のたびに人並みに緊張はする。

 勝ったからと言って、お疲れ様ですと帰れるわけではない。

 将棋の世界、特にプロになるとこの後『感想戦』が行われる。お互いに対局を振り返るのだ。長い時は一時間以上にもなる。

 早く帰りたい気持ちがないと言えば嘘になるが、プロとして対局をするたびに、感想戦が大事だと身に沁みて感じる。

 特に負けた時など、冷静に振り返る事が次回への勝利に繋がる。悔しさもあるがプロとして匠は負けた時こそ、前向きに対応する。

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

お互いが深々とお辞儀をし、匠の勝利で本日の対局は終了となった……。