絢なすひとと

胸にもやもやしたものを抱えながらエスカレーターに乗っていた司さんは、足を取られてしまいそして———

「そこでひとりの女性に出会ったんだ」
わたしを見つめる目は穏やかな色をしている。
「明里に出会って、気づいた」

「わたしに、ですか?」
目をぱちくりさせてしまう。

「飾らずに暮らしを営むひとりの女性。冷蔵庫やサランラップを活用しながらご馳走してくれた卵ご飯とお味噌汁を食べて、まさに腑におちたんだ」

「あんな、あり合わせの…」
なんとも気恥ずかしい。

「時代に逆らうでも流されるでもなく、寄り添うということに気づかされて。基本に立ち返ることにした。着物は、その名の通り着るものなんだ。ほんの数十年前まで、みんな毎日着物を着ていたんだってね」

確かにその通りだ。

紬、と彼がつぶやいた。
「明里の今日の着物もそうだ。昔から愛されてきた、着心地が良くて丈夫な日常着。帯や小物で格を上げれば、よそゆきにもなる。紬を主役にしようと、新店舗のイメージを固めることができた」

「司さん…」