絢なすひとと

あの職場が、仕事が好きだったから、全力投球していたからこそ、わたしは「はい次」と踏み出すことができずにいた。
つなぎ、という感じで見つけたのが、あの複合テナントビルに入っている食料品店のパートだった。

「やってみると、それはそれで新鮮なんですけど」

へえ、と七尾さんがあいづちを打つ。声には好奇心の響きがあった。
不思議なほどしゃべりやすい人だ。

「どんなところが面白いですか」

彼の言葉に、あらためて自分の胸の内をのぞき込んで口を開いた。
「今までなにげなく手に取って口に入れていた食材について、意識するようになったこととか。
今働いているお店は、産地や製造工程なんかにすごくこだわって仕入れをしているんです。そのぶん割高にはなりますけど、パートでも社員割引を使わせてくれるので、助かってます」

なるほど、と彼が顎を上下させる。
「いいですね」と付け加えた。

なにがいいんだろう、と一瞬言葉の意味をはかりかねた。