一緒に暮らしていて、彼女は本当に働き者だと思った。家事をこなしながら、仕事も頑張っている。俺はちょっと掃除したり、皿を洗ったり、洗濯をしてみたりしたが、彼女ほどうまくはない。だが先生や俺が家事をすると少し申し訳なさそうにしながらもお礼をきちんという彼女に、とても好感が持てた。
 俺もお礼にとピアノを演奏すると、彼女の瞳が輝く。その表情を見ると、さらに演奏意欲が湧くのだ。彼女の為に演奏することが、自分の中で大きな意味を持つような気がしていた。
 次第に、花音に特別視されたいという願望が湧いていることに気付いた。だから、彼女が意識してしまうようにもう一度キスをしてしまった。

 そして、若手演奏家を集めたコンサートの夜。

 得意ではない酒の席で疲れたので、ゆっくりリビングで水を飲んでいると、浮かない顔をした彼女が現れた。

「なんでそんな浮かない顔?あんまりよくなかった?」

「いいえ!演奏はとっても素敵でしたよ!本当に素晴らしかったです。」

 そう言いながら、彼女は泣いていた。泣く姿も愛おしい。

「じゃあ、なんで泣いてるの?」

「…加賀宮さんが…、手の届かない存在なんだって、改めて思い知らされた…というか…あ、わ、わたし何言っているんでしょうね、ははっ」

 強がる彼女の手を掬い取った。小さな手は驚いたようにびくっとはねたが、払われることはなかったので、優しく握る。
 
「俺は、ここにいるけど。」

 彼女を見ると、真っ赤な顔でこちらをみている。うるんだ瞳に向かって「手はもうずっと前から、届いてる。」と伝えた。

 だが、「…はっきり言ってくれなくちゃ、分かりません」と言われ、思わず笑う。そうか、行動してきたつもりだけれど、まだ言っていなかったな。

「お前が好きだ、花音。」

 そう言って彼女を腕の中に閉じ込めた。「私も、好きです。」と聞こえて、胸がいっぱいになった。今すぐピアノが弾きたいと思いながらも、彼女を離したくなくて腕の中の彼女のぬくもりを感じていた。