逃げたいのに、ヤンデレ彼氏が離してくれません


 勝手に手が震える。
 生唾を飲み込み、私はスマホの通話ボタンを押した。


「……も、しも、」

『善ッ! やっと電話出たなクソ野郎!』


 私の声を遮るように、見知らぬ男の人の声が電話口から聞こえてくる。


「あ、あの……えと……、」

『は? お前、誰? ……いや、もしかして…………お前、涼森か?』


 思わず目を見開た。
 電話口の男はどうやら私を知っているらしい。だとするならこんな好都合なことはない。

 そうです、と言いかけたのを察したのだろう、男が早口で被せてきた。 


『待て。喋るな。善に聞かれるとお前が危ない』


 じゃあどうしろと……!?


『YESだったら1回、NOだったら2回、スマホ叩け。いいな?』


 とん。
 私は間髪入れずにスマホの画面を爪で軽く叩く。


『今善のところにいるのか?』


 とん。


『近くに善はいるか?』


 とん、とん。


『……ああ、分かった。大体状況は理解した。お前今善に監禁されてる、そうだな?』


 ……とん。


『涼森、落ち着いて聞け。お前は1年前、自宅のマンションに遺書残して失踪したことになってる。知人の連帯保証人になって多額の借金が返せなくなったからってな』


 い──1年前!? 私そんな前からここに監禁されてたの!?


『けど、それは嘘だ。調べたけど、そんな知人存在してなかった。全部、善が仕組んだことだ』


 私は無意識のうち、左手の薬指に触れる。
 ……あの成瀬くんだったら、やりかねない。馬鹿な私を嵌めるなんて造作もない事だろう。


『明日、必ず助けに行く。それまで待ってろ』 


 とん。


『いいか。俺と連絡したこと、善に絶対に勘付かれ──』







「──俺が、何?」




 ひゅう、と喉から空気が抜けたような音がした。

 夢であってくれと何度も願いながら、しかし、私の背後から忍び寄る影は、私の手にしていたスマホを抜き取って、電話口で怒鳴る声になんて一つも表情を変えず、×ボタンを押した。

 音が途絶える。
 寝室を包み込む沈黙のせいで、耳鳴りが更に大きく響く。

 逃げろ、逃げろ、逃げろ。
 本能が警鐘を鳴らしているにも関わらず、私の身体は全く言うことを聞いてくれない。


「むぎは馬鹿だな。俺から、逃げれると思ったの?」


 つうっと、彼の指が顎をゆっくりとなぞって、首筋へ落ちていく。


「約束破った悪い子には」


 引っかかっていただけのワンピースの肩紐が、ぽたりと落ちた。


「──お仕置きしないとな」


 私の首筋に、狼は容赦なく噛みついた。