目を合わせ続けたら本当に飲み込まれそうな気がして、私はぎこちなく視線を自分の足元に移す。


「なっ、成瀬くんもよく読む? ミステリー小説」

「いや。普段はそんなに」

「え? そうなの? でも、この前借りてた本も同じ著者の新刊だった気、が、」


 そこまで言いかけて私は固まる。

 だって、顔を上げた視線の先で、何かを堪えるみたいに目を細めた顔の赤い成瀬くんがそこにいたから。
 威圧感たっぷりに後ろの席から私を睨みつける不良だったとは思えないほど、弱弱しい声音で成瀬くんは言った。


「きっかけが、欲しくて」

「へ?」

「そのために読んでた」

「……それは、」


 その後に続く言葉が出なくて、私は口を閉ざした。

 今この感情を、私は何と形容したらいいのか、分からなかった。

 でも、一つ分かることがあるとすれば。
 恐らく私の自意識過剰でなく、成瀬くんは本当に私を──





 結局、電車を降りた後も成瀬くんは私を家まで送る、と言ってくれた。

 見慣れた道を成瀬くんとふたり、会話もなく歩く。

 さっきまでは成瀬くんとの気まずさと緊張で脈打っていた鼓動が、今は別の理由で騒がしく音を立てている。
 悶々と、電車でのやり取りを思い返しているうち、家のすぐ近くまでやってきていた。


「……あ、こっ、ここまでで、大丈夫です!」

「ああ」


 立ち止まった私に合わせて成瀬くんも立ち止まる。

 ……こういう時はなんて言って別れたらいいんだろう。

 頼りなく手元をいじりながら、次に口にする言葉を探していたら、私はそこで思い出す。


 そういえば、成瀬くんにしずかちゃんムーブかましたこと謝ってねぇ……!!
 
 今がチャンスじゃ!? 
 このタイミングを逃したら駄目な気がする。