行きの混雑は何だったのか、と問いただしたくなるくらいに帰りの電車は空いていた。

 私はぬいぐるみの入った袋を抱えて、座席の隅っこに座る。成瀬くんも私の隣を少し開けて座った。
 連結部の金属が擦れる音、プシューっと空気の抜けた風船みたいな音を立ててドアが閉まる。

 ガタン、ゴトン、と規則的な音が車両の中まで響く。
 夕暮れ時の燃えるような赤が差し込んで、私たちの足元を照らしている。

 ぐっと伸ばした足先が少し、痺れていた。
 足のつま先をとん、とん、と鳴らしながら私は、この妙に気まずい雰囲気に耐え切れなくなって、口を開いた。


「ぬ、ぬいぐるみ……ありがとう。部屋に飾るね」

「……ああ」

「……」

「……」


 いや、気まず!
 ゲームセンターにいるときは普通にお喋りできたのに、全然会話が思いつかない。
 ええい、そういう時は今日あった出来事を会話の種にするしかない! 


「映画、すごい面白かったね!」

「ああ」

「そ、そういえば! 私、あの映画の作者がすごく好きで! 新刊出るたびに追ってるんだよね~~!」

「知ってる」

「えっ」


 思わぬ回答に思わず私の声が上擦る。

 同じくらいの目線になった、成瀬くんの黒い瞳と目が合う。吸い込まれそうなほどの黒さが私を射抜いている。


「涼森が教室で読んでるの、見かけたことあるから」

「そ、そか。ちょっと照れ臭いね……あはは……」