直視しがたくて再び顔を伏せようとしたとき、成瀬くんがさらに言葉を重ねた。


「……目ぇ、赤くなってる」

「え、嘘」

「ホント」


 思わず目元に手をやる。
 確かに終盤は感動シーンがえぐくて、ほとんど涙目で見てたけど!


「……あ、涼森。睫毛が、」


 流れるような動作で、腰を屈めた成瀬くんの顔が急に近づく。
 長い指先が私の頬に触れる寸前──成瀬くんはぴたり、と止まった。


「成瀬くん?」


 私が声を掛けると、成瀬くんはぴくりと肩を震わせ、そのまま身を引いてしまった。
 誤魔化すように伸ばした手を首元にやり、私から顔を逸らした。……ん?


「……睫毛が頬に付いてるから、取ってきな。ここで待ってるから」
「え、あ、……うん?」


 何となく後ろ髪を引かれる思いをしながら、私はその場を後にした。





「……と、取れないぃ……」


 アームをすり抜けて再び落っこちるクソデカぬいぐるみ。

 硝子越しに忌々しく睨みつけてみるものの、お目当ての黒猫のでかいぬいぐるみは素知らぬ顔である。
 あかん、だんだん腹立ってきた。数十分同じUFOキャッチャーの前で格闘していたら、そりゃ腹も立つ。


「そんなに欲しいの?」


 私の隣からひょいと顔を出して、成瀬くんがそう問うた。


「だって、この猫のぬいぐるみ──飼い猫にすっごく似てるの! こう、ちょっとふてぶてしい感じが!」

「……ひょっとして、黒猫?」

「うん。きろまろって言うんだけど……あ、写真見る? もう、すっごく可愛いくて~いつも一緒に寝てるんだよ~」


 私はスマホを取り出して、アルバムからきよまろフォルダを開いて、一番新しい、私ときよまろのツーショット写真を表示して、成瀬くんに見せる。


「まろ眉だからきよまろ! えへへへ、可愛いでしょ?」

「かっ……うん、確かに」


 おっ? 割と反応がいいな? もしや、成瀬くん……。


「成瀬くんも猫好き? 猫派?」

「まあ……猫も好き」


 ……も?

 成瀬くんは自分もスマホを取り出して、遠慮がちに口を開いた。


「その写真、送ってほしい。涼森が、嫌じゃなかったら」


 はっ、もしや……成瀬くんは相当な猫好き?


「もちろん! いっぱい送るね」

「助かる」


 ……助かる?

 成瀬くんのラインに私のきよまろフォルダから厳選した数枚を送ったあと、真剣な顔つきでスクロールをして、薄く口元を緩めた。


 ……きよまろそんなに気に入ったのかな? 
 気持ちはよくわかる! うちの子可愛いから!


「写真送ってくれた礼にあのぬいぐるみ、取ってやるよ」

「エッ、いやそんなそんな……! ただ写真送っただけだし……」

「貸して」

「う、うん」


 パネルから退いた私の代わりに、成瀬くんが立った。
 いやいやでも私が数十分格闘しても一向に取れなかったのにそんな簡単に取れるわけ……ない……。


 そして、数分後──私の手にはクソデカ黒猫ぬいぐるみがあるのだった。