あわわわわ、どうしよー……絶対怒ってますやん……。

 というか、私は今日成瀬くんを怒らせるようなことしかしてない。
 すけべ野郎と吐き捨てたうえ、一日中避けまくって、おまけにいきなり手を掴んで走りだす奇行までして、怒らない人はいない。私だったら普通に怒る。


「えと、あの……急に連れ出して、その、すいません……」

「……」

「そ、その出来れば学校のひとには、あの、私たちの関係は内緒にしてほしいなぁ……なんて」

「……」

「べべべべ別にやましい感情とかはないですよ!? その、そういう話題ってみんなからからかわれやすいし、あんまり注目を集めるのが好きじゃないと言いますかぁ!」

「……」

「だからぁ、そ、その……」


 ひいいいい!!
 無言怖いよ~~~~~! なんでなにも言ってくれないのぉおおお!

 狼に追い詰められた兎の如く、私は全身を震わせる。
 それまで無言を貫いていた成瀬くんは、沈黙を裂くように口を開いた。


「……敬語」

「……けいご?」


 成瀬くんはひとつため息を落として、再び口を開く。


「敬語は、やめろ」

「す、すいませ……じゃなくて……えと、ご、ごめん……?」


 成瀬くんは一瞬、ぴくりと眉を動かして、すっと私から視線を逸らすと緩く頷いた。


「さっきの話は、分かった。そうする」

「ほっ、ほんとですか!? ありがとうございます!」


 思わず神に祈りをささげるポーズで私は成瀬くんを見上げた。

 成瀬くんはちょっとびっくりしたように鋭い瞳を丸くさせ、それから、ふっ、と柔く笑った。
 その笑みが、どことなく夢の中で見た大人バージョンの成瀬くんの面影と重なって見えた。しかも幻聴までついてくるおまけつき。


『──俺にどんだけ愛されてるのかを、さ』


 ぼっと、火が付いたみたいに私の顔が熱くなる。

 私のばかぁああああ!! なんで今思い出すのーーーーーーー!!

 どうしよう、成瀬くんの顔がまともに見れない。心臓の音がうるさすぎて、何も耳に入ってこない。


「あのさ」

「うっ、うん!」

「もし、空いてたらでいいんだけど」

「うっ、うん!」

「明日の土曜日、映画行かないか」

「う、うん……って、え!!??」


 今成瀬くんなんと!? すんごいこと言わなかったこの人!?


「じゃあ明日、迎えに行く」

「え、え、ちょ……!?」


 置いてけぼりを食らう私を他所に、成瀬くんはすたすた歩き始める。
 固まる私を不思議に思ったのか、成瀬くんはいつもと変わらない顔つきで私の方を振り返った。


「? 涼森、帰るぞ」


 それって、つまり。
 デートってコト~~~~~~~~~~~!?