俺の妻・茉莉母は、精神的な疾患で鬱を患っている。

そして茉莉母は、俺を“お兄さん”と呼ぶ。
俺を“夫”と認識できているはずだが、心の安定をはかる為か、そう呼ぶのだ。

「お兄さん、できました」
無表情で隣に座る俺に声をかけてきた、茉莉母。
塗り絵を俺に見せてきた。
最近の茉莉母の時間潰しだ。

そして何より辛いのが、全く笑わなくなったことだ。

「茉莉母、上手に塗れたな!」
俺は少し微笑み、頭をポンポンを撫でる。

「ありがとうございます」
そう言って今度は、テレビに目を向けた。

「茉莉母、コーヒー飲む?」
「あ、はい」
「淹れてくる」
「はい。ありがとうございます」


最初は、茉莉母の呼ぶ“お兄さん”や“敬語”そして何よりこの“無表情”に少し…いや、かなりの抵抗があった。

つい三年前まで、茉莉母は俺を“湊登くん”と呼んで、いつも可愛らしい笑顔で俺の心を癒してくれていた。


どうしてこんなことになったのか━━━━━

それは三年前。
俺が茉莉母を殴ったからだ。

そのたった一発……いや、殴ること自体許されないのだが、その一発が茉莉母を地獄に落としたのだ。

茉莉母は元々、父親から虐待を受けていた。

そのことも十分理解した上で、俺は茉莉母と結婚した。
━━━━━━━はずだった。


三年前俺は突然リストラにあい、むしゃくしゃしていた。毎日就職相談に向かう日々……その間、茉莉母のパートでなんとか二人生活していた。

茉莉母に養ってもらっている自分がとにかく惨めで、少しずつ俺は茉莉母に当たるようになった。

「湊登くん、どうだった?就職」
「ダメだった……」
「そう…
あのね。私、社員として働かないかって声をかけてもらったの。湊登くんが落ち着くまで、私が働こうか?」

は━━━━━!!!!?

茉莉母が働きに出て、俺に主夫になれっつうことかよ!!?
そんなこと、できるわけがない。

今はでは専業主夫は認識されてきているが、俺達の世代ではそんなのあり得ない。

男のプライドを、踏み荒らされた気分だった。

ダン━━━━━━!!!!
俺は、テーブルを殴る。

茉莉母が、ビクッと震えた。

「お前、俺のことバカにしてんの!!?」

「そ、そんなつもりは………
私は、湊登くんのプレッシャーを和らげたくて……」
「……るせーよ!?」

お前に、何がわかる!?


パンッ━━━━━━━