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『じゃあ、まったね』

 それはさくらが帰り際に言う、別れのあいさつ。

 あの日も俺にそう言って別れた後、事故に遭った。どうしてあの日、家まで送り届けなかったのかと、何度後悔したことだろう。もう少し長く一緒にいたら回避出来た事故なのでは?もう少し早く帰していれば、一緒にいれば……。

 ああしていれば、こうしていれば……。

 後悔ばかり……。

 さくら……会いたい。

 どうしてお前は俺の腕の中から消えてしまったんだ。



 会いたい……。



 さくらの月命日の日。

 目の前にさくらが立っていた。

 ずっと恋い焦がれたいたお前に……。

「啓汰……」

 名前を呼ばれて、涙が溢れ出した。

 さくら……さくら……さくら……。

 声にならない声が、頭の中でグルグルと回る。金縛りにでもあってしまったかの様に硬直する体に、思考の止まった頭。ただ立ち尽くし、思考停止状態の俺の頭の中に低い男性の声が聞こえてきた。

「君は?」

 その声で我に返ると、さくらではなく全くの別人が立っていた。どうしてさくらと間違えてしまったのか自分でも分からない。自分の名を名乗ってからもう一度女性を見ても、やはり全くの別人だった。




 さくら……君はもうこの世にはいない……。


 


 そう分かっているのに、あの日から、さくらを近くに感じてしまう。それはあの人が、美桜さんが現れたからだ。さくらと同じように笑い、さくらの様な言動で俺を翻弄する。今も『じゃあ、まったね』と別れのあいさつをしてきた。


 止めてくれ……。

 
 やっとさくらのいない環境に慣れてきたというのに、どうして思いださせようとするんだ。