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 その日の夕方1人の男性が病院の中を、キョロキョロと回りを見渡しながら歩いていた。その顔は困った様な顔をしていて、同じ場所を行ったり来たりを繰り返していた。

「大丈夫ですか?どうかしましたか?」

 美桜は男性に近づき声をかけると、男性は強ばっていた表情を緩め、ふわりと笑った。その表情に美桜の心臓がトクトクと動き出す。

 わぁーー。

 人懐っこい笑顔をする人だな。

 わんこ系?

「すみません。俺、祖父の入院している4A病棟に行きたいんですが、その……恥ずかしながら、迷子です」

 迷子……。

 その言葉に美桜はプッと吹き出した。

「クスクス……病院の中は広いですし、同じような扉ばかりだから迷いますよね」

「そうなんです。同じ所をグルグルしている感じで……」

「分かります。私もここに勤め始めたときは同じ所をグルグル歩いていて、ナースステーションに一生戻れないんじゃ無いかと思ったことがありますから。あっ、ご案内しますね」

 美桜は男性を4A病棟へと案内した。

「看護師さんありがとうございました。新人さんなのにしっかりしてますね」

「…………」

 新人……?

「えっと……その……私は新人と言うわけでは……准看護学校に通う頃からこの病院でお世話になっているので、ここに勤めて8年目なんです」

 美桜は長きに渡る入院費や手術によって、親に沢山のお金を使わせたしまった。そのことに、美桜はずっと心を痛めていた。そのため、大学に進学し看護の道を目指すのを止め、自分で仕事をしながら通うことの出来る、准看護学校に入学した。准看護学校で2年勉強し資格試験に合格後准看護師となり、その後高看護学校に入学した。それから3年勉強して国家試験に合格し、正看護師となったのだ。

 働きながら学校に通っていたため、私はこの病院で8年働いている。

 美桜の話しに、目の前の男性が慌てたように頭を下げた。

「すっ……すみません。可愛らしい容姿だったので失礼なことを……」

「あっ、いえ、いいんです。ちんちくりんな見た目なんで、よく言われるんですよ」

「いや、看護師さんは可愛いですよ」

「えっ?」

「あっ、いや……違う……違わないけど……その……」

 この人は、悪い人ではないんだろうな。

 そう思いながら謝り続ける男性に、気にしないでくれと伝え、仕事に戻った美桜。もうこの男性とは会うことは無いと思っていたのだが……運命の悪戯かこの男性と再び出会うこととなる。


 それから数日後のさくらさんの月命日の日。正悟さんと2人で私はさくらさんのお墓へとやって来た。こうしてさくらさんと会うのは初めてのことで、高鳴る心臓を押さえながらお墓までの砂利道を歩いていると……。樋熊家のお墓の前に1人の男性が立っていた。


 男性はお墓に向かって話しかけながら人懐っこい、わんこ系の笑顔で笑いかけている。

 あれ?

 この人……。

 トクトクと動き出す心臓。

 振り返った男性の横を春の風が吹きふける……すると、ドキンッと心臓が跳ねた。





『啓汰……大好き』





「啓汰……」
 



 
 頭の中に響いてきた名前を呟くと、目の前の男性が瞬きもせずに涙を流し出した。その表情に胸が押しつぶされそうになり、切なくなる。

 美桜の横にいた正悟は美桜の肩を抱くと、男性を真っ直ぐに見つめながら尋ねた。

「君は?」

 正悟の問いで我に返った男性は、手の甲でゴシゴシと乱暴に涙を払いながら頭を下げた。

「あっ……俺、伊藤啓汰(いとうけいた)って言います。今、一瞬さくらがいたのかと……そんなわけないのに……」

 先ほどの光景を思い出したのか目頭に涙を溜める啓汰に、手を伸ばしそうになった。そこで、正悟が美桜の肩に乗せていた手に力を込めたため、美桜はハッとする。

 私は今、何をしようとした?

 見ず知らずの男性の手を取り、抱きしめたいと思ってしまった……。

「君はさくらと仲が良かったんだな」

「はい。すっごく好きでした」

 啓汰の夏のお日様みたいな笑顔に、美桜の心臓がキュンッと音を立てる。 

 そんな美桜の様子を、正悟が苦虫を噛み潰したような顔をしながら見つめたいた。