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 これは8年前、俺が研修医だった頃の話だ。桜の蕾がふっくらと膨らみ始め、もうすぐ開花宣言が発表されるのではという初春。特にいつもと変わりのない日だった。そんな何気ない日常だと思っていたその日、心臓外科で研修をしていた俺の元に悲報が届いた。


 さくらが事故に遭った……。

 父からの電話に始めこそ、ちょっとした事故だろうと思っていた正悟だったが、父のから伝わってくる緊張感に包まれた物言いに、これはただ事では無いことを悟った。父の近くにいる母のすすり泣く声が携帯越しに聞こえてくる。俺は急いで父に言われた病院へと向かった。

 病院に着くと、父に肩を抱かれた母が、ハンカチを手にすすり泣いていた。母は俺を見つけると顔を上げ、更にボロボロと泣き出した。

「正悟……さくらが……さくらが……」

 最愛の娘の名前を呼びながら、母が泣き崩れた。

 それだけで状況が最悪なのだと言うことがわかる。父からの簡単な説明では、さくらは信号無視をした乗用車に轢かれてしまったらしい。その時かなり強く頭を打っているらしく、命の危険もあると言うことだった。
 
 俺は呆然と手術室の扉を見つめていた。

 俺達家族は待つこと以外に何もすることが出来ず、ただひたすら手術が無事に終わることを願うほか無かった。2時間後、手術室の扉から先生だと思われる男性が、疲れ切ったような顔で出てくると、俺達家族の前にやって来て眉を寄せた。

「娘さんの状態について説明するので、一緒に来て頂けますか?」

 医師の言葉に頷いた俺達は、医師に案内された部屋で、妹の状態説明を受けた。それは、脳死判定……。 


 先生の言葉に家族みんなが耳をふさぎたくなった。

 受け入れられない。

 そう思った。