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 美桜は正悟がいると思われる屋上へと向かった。いつ頃からか、休憩時間は正悟と共に過ごすようになっていた。今日は天気も良く桜の花が屋上からよく見えるだろうと、わくわくしながら屋上へ向かい、ドアノブに手を掛けそっと外をのぞいて見ると……。正悟の優しく心に響く声が聞こえてきた。それは愛しい者を呼ぶときの声。

「さくら……」

 前にも同じ事があった、その時も『さくら』と優しく囁くように懐かしむように呼んでいた。

 さくら……。

 それは恋人の名前なのだろうか?

 ツキンッと胸の奥に小さな痛みを感じ、美桜は胸の前に手を置いた。

 先生……あなたは今だれを思っているの?

 誰に話しかけているの?

 その時、春の強い風が吹き、ドアノブから手が離れると大きな音をたてて扉が開いてしまった。美桜はあわてふためきながら、扉を閉めようとしたところで正悟と目が合ってしまう。

「坂口さん?」

 やだ。

 なんてことなの。

 こんな顔、先生に見せられない。

 今にも泣き出しそうな表情の美桜は、正悟に気づかれないように、やや俯きながら早口で話した。

「あ……いえ、その……。私……紬ちゃんに呼ばれていたのを忘れていたので戻ります」

 私は『さくら』と正悟が呼んだ人物について聞くことも出来ずに、その場から逃げ出した。

「さくらって、誰……」