ふと、視線を下げると、視線の先に震える大きな拳が美桜の視界に入った。

 樋熊先生……。

 悔しいのは私だけでは無い。

 自分の担当の患者さんが亡くなり、樋熊先生も悔しい思いをしているんだ。


 少しずつ落ち着きを見せた唯人の母親が、ゆっくりと唯人にしゃべりかけた。

「ごめんね……ごめんね唯人。丈夫な体に産んであげられなくて本当にごめんね。次に生まれ変わったら……新しいママの元で……元気に走り回ってね。ごめんね」

 ごめんねを繰り返す唯人の母親に、美桜はゆっくりと近づき、唯人くんから頼まれていた物を手渡した。

 それは『自分が死んだらお母さんに渡して欲しい』と預かった手紙だった。手紙を手渡された唯人の母親は、手を震わせながら手紙の封を開け、きれいに折りたたまれた手紙を開き、手を止めた。

「美桜さん最後のお願い聞いてくれる?唯人の手紙読んでくれないかしら」

「私で良いんですか?」

「お願いします」

 そう言われ、美桜は唯人からの手紙を受け取り、ゆっくりと読み出した。 

 そこに書かれていたのは……。






 *::*



 僕の大好きなお父さん、お母さんへ




 お母さんは今、泣いているよね。

 ごめんね、ごめんねって沢山言っているのかな?

 きっと言っているよね。

 でも、僕はあやまってほしくなんかないよ。

 だって、僕はお母さんの元に産まれて来ることが出来て、すっごく幸せだったんだから。

 いつもギュッて抱きしめてくれて、頭を優しく撫でてくれて、優しく背中を撫でてくれるお母さんが僕は大好きだよ。

 優しいお母さん12年間ありがとう。

 お父さん、ありがとうございました。

 親孝行出来なくてごめんなさい。

 ありがとう。

 ありがとう。

 ありがとう。

 沢山、沢山ありがとう。


 お父さん、お母さんをお願いね。




       * 唯人より *




  *::*




 美桜が手紙を読み終えると、唯人の母親は泣きながら、唯人の名前を呼んだ。

「唯人……唯人……そうだよね。謝るなんて……ごめんねなんてっ……っ……。ありがとうだよね。唯人、ありがとう。お母さんの元に産まれてきてくれて……ありがとう……ありがとう。唯人、大好きよ」

 唯人の頬をやさしくさすりながら唯人の母親は微笑んだ。