男が答えようとしたその時、処置室の扉が開き高津が入って来た。
「なんだ?お前、もう仕事してるのか?確か明日からだったよな勤務は?」
「ああ、急変だったんで思わず手が出た」
「まあ、こっちは助かったけどな」
二人の会話に美桜は唖然とした。
何……?
どういうこと?
「あれ?坂口くん大丈夫?ビックリしただろう。こいつは明日からここで働いてもらう樋熊正悟(ひぐましょうご)だ」
「ここの先生だったんですか!!」
思わず大きな声を出してしまった美桜は、そのまま膝から崩れ落ち、床にペタリと座り込んでしまった。
「坂口くんどうした?大丈夫か?」
慌てる高津に、美桜は涙目で訴え、まくし立てた。
「大丈夫かじゃないですよ。急に樋熊先生出てきて、何も言わずに処置始めるし、この人がドクターかもわからないのに指示されて、何かあってからじゃヒヤリハットどころの話じゃ無いんですよ。人の命に関わるんですから……めちゃくちゃ怖かったんだから!!」
「そ、そうか。大変だったな。樋熊は口数が少ないからな。樋熊はもう少しコミュニケーション能力を上げろ」
「ああ……」
正悟は高津からコミュニケーション能力を上げろと、注意を受けているにも関わらず、それ以上喋ることなく、そっと美桜の側までやって来た。それから何も言わずに美桜の膝の下に手を差し入れ、背中を支えると、そのまま抱き上げた。
「ちっ……ちょっと、何するんですか樋熊先生!!」
慌てる美桜に正悟は平然と答えた。
「これでは歩けないだろう?とりあえずナースステーションに……」
そこまで言った正悟の言葉を美桜が遮った。
「だっ、ダメー!そんな人が多いところにお姫様抱っこで連れて行くとか、絶対にダメ。そこの椅子で良いので座らせて下さい」
「そうか?」
なんなのこの人。
意味がわかんない。
軽々と私のことを抱き上げて……。
カーッと体が熱くなる。
トクトクと忙しなく動く心臓を落ち着かせるため、美桜は深呼吸を繰り返した。