「お前は何しに来た?」

 恐ろしく低くい重低音に、美桜の背中にも冷たい汗が流れる様な気がしたところで、もう一度啓汰が頭を下げた。

「すみませんでした。あんな風に逃げ出して、美桜さんを傷つけたこと、本当に申し訳ありませんでした」 

 啓汰は元々、素直な性格なのだろう。

 素直に全てを話し、謝る姿に高感度さえ感じられる。正悟さんも毒気を抜けれたように「ふぅ……」息を吐いてから、啓汰の頭を上げさせた。

「美桜を傷つけたことは許しがたいが、さくらを思っていたことは分かっている。さくらを今も思ってくれて、ありがとう。しかし、お前ももう前を見ろ。何時までもそんな風ではさくらが悲しむぞ」

「そうですね。俺、悲劇のヒロインみたいな自分に、酔っていたのかもしれない。俺も前を向いて一歩前に出ようと思います。本当にすみませんでした」

 もう一度、啓汰は頭を下げると、憑き物が取れたように爽やかな笑顔で去って行った。



「全く、嵐や台風の様な奴だったな」

 やれやれと溜め息交じりに言葉にする正悟を見つめ、美桜は吹き出した。

「本当にそんな感じでしたね。でもいなくなると、ちょっぴり寂しいかも」

 そんな美桜の何気ない言葉に、正悟の米神がピクリと動いた。

「美桜は誰にも渡さない」

 正悟がそう言いながら美桜を抱きしめてきた。

 独占欲丸出しの正悟が何だか可愛くて、美桜も正悟の背中に腕を回して抱きしめ返した。しばらくそのまま二人で抱き合っていると「うわっ」という声が聞こえてきて、美桜の体は氷の様に固まった。

「ちょっと、樋熊先生、美桜さん病院のスタッフ用玄関の前で、何をやっているんですか?!」

 大きな声で叫んできたのは、毎度おなじみの福田だった。

「キャーー。正悟さん離して下さい。ちょっと違うのよこれは!」

 慌てる美桜とは逆に、正悟は冷静に回りを見ながらも、美桜から離れようとしない。特に男性スタッフには見せつけるように、牽制しているようにさえ見える。そんな正悟の様子に、女性スタッフ達はとんでもない男に捕まったな、ご愁傷様と心の中で美桜に両手を合わせるのだった。