すっかり暗くなって教室に戻るとそこにはまだ彼がいた。


思わず声をかけてしまった。


「帰らないの?」


人がいた事に驚いたのか少しキョトンとした。


「えっと…」


彼は言葉をつまらせた。


「あ、水野 俐桜です。よろしくね」


私は外面よく笑った。


「よろしく。水野さんは初めて話すよね」


確認されたようだった。


転校初日で人の顔を覚えて名前まで一致させるのは難しいだろう。


「目の奥が光を失ってるけど…」


彼の言葉に耳を疑った。


転校初日だし、まだ話した事もないクラスメイトに果たしてそんな事を言う人がいるだろうか。


私は返事出来ずにいた。


「未来に失望してるみたい」


予言者か、はたまたメンタリストかもしれない。


馬鹿な考えが浮かんだ。


「…毎日楽しいよ」


時間を置いて出てきた言葉はそんな信憑性のないものだった。


「毎日は、でしょ?それ」


幾ら不思議な雰囲気を持った人だなと感じていてもこんな質問をしてくる人は彼が初めてだろう。


この先、例え何年生きても彼以外には出会えないだろうと思った。


「余計なお世話。帰らないと門閉まるよ」


「君の力になる」


転校生に言われるなんてどうかしてる。


演技力だけは自信があったのに。


病気だということを知られないように、苦しい事を知られないように、辛い事を知られないように演じてきた。


笑ってきた。


それなのにいとも簡単に見破られるなんて。


「君のその自信は何処からくるの?」


今の私の笑顔は哀しさを秘めてしまっていた。


彼が悪いわけじゃないのに存在が嫌だと感じてしまう。


私の秘密に土足で踏み込んで来ないで。


「距離が近すぎると言えない事もある。だけど、遠すぎれば関係とか無視出来る」


彼の自信たっぷりな感じにムカついた。


君に何が分かるの。


君が立ち入って良い程、簡単な悩みじゃない。


藁にもすがる思いで、とか言うけど。


君のその無責任な言葉を藁だと思いたくない。


私は私なりの生き方があって、だけど不安定で。


頼る人を心の何処かで無意識に探していた。


「僕は、5ヶ月後には此処からいなくなる」


彼の淋しそうな笑顔に胸が苦しくなった。


「君の秘密と一緒に僕は姿を消す」


彼がぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。


「君はただ僕に寄りかかればいい、助けたい。このままじゃ君は壊れちゃいそうだ」


初めて会ったのに何故かその言葉には安心出来た。


皆に同じ台詞を言ってて、結局は他人事の医者とは違う。


私の未来がないと知って傷付けないようにとかどうやって生きていけばいいのか分からなくなって遠慮から距離が出来た両親とは違う。


他人すぎて寄り添えるその言葉と強い瞳。


信じても良い気がしていた。


相談したり、話を聞いてくれるだけの人。


今の私には1番大切な存在だった。


相手は誰でも良かった。


彼じゃなくても。


「1年後に死ぬの」


私の言葉が教室に溶けた。


「…想像以上だった」


彼は予想外にも頼りないかもしれない。


「半年後には転校する。皆から離れる」


弱っていく自分の最期を見られるのは辛い。


逃げてるだけかもしれないけど皆との思い出は楽しいまま宝箱に閉じ込めたい。


思い出じゃなくて想い出だから。


「君は皆がすごく大切なんだね。でも、本当にそれで後悔しないんだね?」


彼は最後の確認事項のように私に聞いた。


もう後戻りは出来ないような気がした。


確信はないけれど、直感がそう言った。


私は真っ直ぐ彼を見て頷いた。